「平等」の功罪
もう一つ、興味深いデータがあります。
森口千晶「点検・日本の格差(中) 機会の平等政策の軸足に」(日本経済新聞2026年3月24日)によれば、税務データと世帯調査の個票データを組み合わせた純国民所得で日韓英米独仏6カ国の上位1%層の所得シェアの推移を比較した研究でも、1980年以降、上位所得シェアはアメリカをはじめ各国で上昇傾向にあるのに対し、日本は逆に下がっていることがわかります(ただしデータの制約から、日本は2014年と19年の2時点のみ)。
2019年の数値では、上位1%の所得シェアはアメリカが19%、韓国が16%に対して、8%の日本はほぼ最低水準です。
上位0.1%ではシェアの低下はさらにきわだち、日本が「スーパーリッチが少ない国」であることを上記の研究は示しています。
日本こそ理想的な「格差の小さな国」だった
日本にも「格差拡大」を批判するひとがたくさんいますが、じつは日本こそが理想的な「格差の小さな国」でした。
でもこれは、喜ばしいことばかりではありません。突出した富裕層が少ないということは、自らの才能や能力を活かして大きな成功を手にすることが難しい社会であることを表わしてもいるからです。
これらのデータをひと言で要約するなら、「日本ではみんなが平等に貧しくなったことで、格差が拡大しなかった」になるでしょう。

