「シャッター街」か「ネオ中華街」か

東京の池袋や大阪の西成などの「ネオ中華街」は、いまでは本国と区別がつかない規模にまで拡大した。こうした変化を嫌う保守的な日本人もいるが、悪いことばかりではない。

私が引っ越した地方都市はこれといった観光資源がなく、インバウンドの集客も期待できないので、ほとんどの店は廃業してシャッターを下ろしてしまった。だがそんな街でも、家賃の安さにかれて、最近は外国人の家族連れが増えてきた。

さびれていた地元の商店街は、中国やタイ、ベトナム、インドなどの食材を扱う店やエスニックのレストランが増えたことですこしずつ活気を取り戻しつつある。最近は、地域の祭りを復活させようという機運が盛り上がり、神輿の上にガネーシャが乗ったデザインがネット上に公開されて物議をかもした。

「日本の伝統を守れ」というひとたちは、こうした動きにいちいち反発しているが、年寄りしかいない死んだような町よりも、外国人の若者がたくさんいる、活気のある町のほうがずっといいと私は思う。

「ビール」「つまみ」セットが1万円の世界線…

新宿駅に着いたのは午後6時10分前で、駅前広場には街娼と赤ん坊を抱いた物乞いの女たちが集まりはじめていた。

嬌声と哀訴の声に耳を閉ざし、スーツの袖をつかむ骨ばった腕を払いのけて改札を通り抜け、1万円でビールとつまみを買って、午後6時発の特急電車に乗り込む。南アルプスの家から月曜の夜に東京に来て、人形町のネットカフェで過ごし、木曜の夜に家族の待つ田舎に戻る生活をはじめて1年になる。

列車が動き出すと、プルトップを引いて、冷たいビールを喉に流し込んだ。

この週末は、失業した妻の弟が、一緒に暮らせないかと相談に来ることになっている。長女の進学問題も頭が痛い。将来に不安がないわけではないが、泣き言はいえない。いまや一族の全員が私を頼っているのだ。

中国語やハングルやアラビア文字のネオンサインが、新宿の夜空をあやしく染めていた。青白い月に照らされた満開の桜を眺めながら、いつしか浅い眠りに落ちていた。(了)