インフレでどんどん貧乏になる国

新宿駅の駅ビルで2万円のビジネスランチを食べたあと、西新宿まで歩いて次のアポイントメントである佐藤の事務所を訪れた。

株で儲けて50歳でリタイアし、マレーシアで移住生活を送っていた佐藤は、円安と地価の下落を見て、外貨資産を円に戻して日本に帰ってきた「海外Uターン族」の一人だ。その資産で事務所の入っているこのビルを購入したのだが、それを売りたいと相談されている。

「この国で私のような小金持ちが生きていくのはほんとうに大変です」昼から焼酎のロックを煽ると、佐藤はぼやいた。

リフレ派の経済評論家たちは、インフレになれば日本経済は復活すると大合唱したが、実際には日本はどんどん貧しくなっていった。

大幅な円安になっても、いったん海外に流出した製造業は戻ってはこなかった。日本国内の設備は老朽化しているため、東南アジアの最先端の工場には太刀打ちできなかった。

円安で石油や原材料の輸入価格が上がり、人手不足で建築費も高騰しているので、新たに国内に工場をつくっても採算が合わないのだという。

通りでほぼ空の財布の中身を確認している男性の手元
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虐げられる中途半端なお金持ち

日本企業の株価は低迷し、海外の投資ファンドの格好の買収対象となった。外国資本となった企業は不採算の国内市場から撤退し、本社を香港やシンガポールに移した。日本人はさらに貧乏になったが、皮肉なことに株価はV字回復した。

デフレ脱却による経済復活の夢が潰えると、この国にはなんの希望もなくなってしまった。

それに輪をかけたのが、政府の増税政策だ。経済格差が有権者の最大の関心事になると、富裕層に対する懲罰的な課税を公約にした政党が連立政権に加わるようになった。

彼らは所得税の最高税率を80%にし、1億円を超える金融所得には50%課税し、10億円を超える不動産や金融資産に資産税を科し、相続税にいたっては全額課税、すなわち死んだら財産はすべて国庫に没収すべきだと主張した。

だが現実には、ドリーマーのような超富裕層は法律事務所を使った鉄壁の租税対策をしているので、日本政府がどのような法律をつくろうと関係ない。もっとも被害が大きいのは、佐藤のような“中途半端な金持ち”だった。

もう70歳に近く、持病もあるというのに、理不尽で懲罰的な課税を避けようとすれば、国内の財産をすべて売ってまた海外暮らしをするしかないのだ。