ゲームの捨て駒
最先端の電子機器に囲まれたサイバールームに入ると、病院の無菌室のような匂いがした。大富豪の若者は短パンにTシャツという軽装で、5台のモニタでマーケットをチェックし、スマホで相場の見通しをポストしながら、用件だけを一方的にしゃべった。
顔色は悪く、目の下に黒い隈ができ、ほとんど眠っていないようだ。世界中の株と為替に投資する彼は、いまでは1000万人を超えるXのフォロワーに“ご託宣”を発信するカリスマなのだ。
ドリーマーは、日本橋三越本店を買収することにしたので、参加する気があるかと訊いてきた。AIが用意したシナリオの範囲内だったので、私がうなずくと、一方的に金利と条件を伝えられた。それもAIの予想どおりだったので、のちほど電子契約書を送ると返答し、商談はきっかり1分30秒で終わった。
ドリーマーの背後には、暗号資産で数兆円の資産を築いたアメリカのインフルエンサーがいるといわれている。いまではこうした若い超富裕層のネットワークが、世界の金融マーケットを動かしている。
それでもわたしたちがおこぼれに預かれるのは、ゲームの捨て駒として、損をしたときのリスクを引き受けているからだ。
「成功者にへつらう仕事をするひとびと」
日本だけでなく世界中で富の二極化が進んでいた。
莫大な富を手にした彼のような成功者がいるかと思えば、生活保護が打ち切られ、親と同居するか、さもなければホームレスになるほかない境遇に置かれている者も多かった。
アメリカやヨーロッパでは状況はさらに悪化しており、富裕層を狙ったテロが頻発し、ウォール街は重武装の私設軍隊によって警備されている。それを考えれば、世界の富裕層が治安のいい東京に続々と集まってくるのは当然だ。
ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ミードは1964年に、未来の世界は「困窮したプロレタリアートと、バトラーや召使やメイドなど、成功者にへつらう仕事をするひとびと」で構成されるようになると予言したという。当時はたんなる冗談か世迷い事と思われたが、いまではそれが現実になった。
ニューヨークやロンドン、東京など超富裕層の住む地域では、エリート限定のパーソナルトレーナーやカリスマ・ヨガインストラクターのほか、オーダーメイドのスプーンをつくる職人、富裕層の子どもの“友だち代行サービス”、ペットのための専属心理カウンセラーなど奇妙な職業が次々と生まれ、会社員をはるかに超える高給を得ている。
