外国人が払う金でなんとか暮らす現実…
学校制度が崩壊したことで、日本中から中高生が居場所を求めてこの街に流れ込んできた。
ラブホテル街に面した大久保公園の前では、まだ夕方だというのに春を売る女性たちが並んでいる。何度摘発しても街娼が減らないため、最近では大麻につづいてこの一帯を「売買春特区」にして、エロス資本をマネタイズする女性たちを法の保護のもとに置くべきだという主張が高まっている。
日本人女性が裕福な外国人に買われるようになったことで社会が排外主義化したかというと、不思議なことに、最近では外国人排斥の主張はSNSの一部でしか見かけなくなった。
いまでは日本人の多くが、外国人が払ってくれるお金でなんとか暮らしているからだろう。
日本の経済はいつの間にか、かつてのタイやベトナム、フィリピンのような、観光に頼る発展途上国に似てきた。
地方自治体はどこも外国人観光客を呼び込み、アジアの企業を誘致し、使い道のない土地を外国人に売りつけようと必死だ。高度成長期には学校で“日本はアジアでいちばんの国”と教えていたようだが、いまでは悪い冗談でしかない。
新宿に来ると、つい歌舞伎町に足が向いてしまうのは、自分がまだ恵まれていると思わせてくれるからだ。あさましいとは思いつつも、「ここまでは落ちていない」と勇気をもらえる。あるいは、「まだまだ落ちていける」という安心感が得られるのか。
大家族制に戻りつつある日本
歌舞伎町を一周してから、新宿駅に向かった。
思いどおりの人生とはいえなかった。インフレと金融危機で、私の実家も妻の実家も、両親が年金だけでは生活できなくなった。それで空き家のまま投げ売りされている3軒の家と農地を格安で購入し、一族が肩を寄せ合って暮らせるようにしたのだ。
同じようなケースはほかにも多く、日本は大家族制に戻りつつあった。
孫が近くにいることもあってか、私と妻の両親同士は仲良くやっており、朝から4人で畑仕事に精を出している。すこしでも節約するために、自分たちが食べるものは、できるだけ自分たちでつくらなければならない。今年はアスパラガスやホウレン草がよく育ったという。
老人がどんどん元気になっているのは、毎日の農作業の健康効果もあるのではないだろうか。

