どうやってPTSDを治療するのか
ただPTSDに特化した治療は、症状の軽減効果はかなり高いが、医療一般がそうであるように、効果は基本個別であることは言い添えておく。薬物療法やその他の様々な治療法にも症状を抑える効果があり、また大前提として、PTSDの症状が出なくなることは、日常生活に戻るための第一歩にすぎないことは言うまでもない。
『Black Box Diaries』には出てこないが、伊藤氏は著書『Black Box』では、2015年の被害後すぐに行った近所の産婦人科病院では詳しい問診もないまま、緊急避妊薬を処方されただけだったと書いている。もっと検査や相談をしたいと思い、性暴力被害者を支援するNPOに電話した時も、「面接に来て直接話を聞かないと、検査や病院についての情報は提供できない」と言われたという。支援センター側が、情報だけ与えて自分たちがつなぎの役目を果たさないのは無責任だと考えた可能性もあるが、当時伊藤氏は電話するだけでせいいっぱいで、そこまで出向く気力も体力もなかった、と訴えている。
「限界を感じ、命を…」と伊藤氏
一方で伊藤氏は、著書『裸で泳ぐ』で、2018年にホテルの部屋で恐怖とフラッシュバックに襲われた過去の経験などをつづっている。2025年に日本外国特派員協会での記者会見を当日になってキャンセルした時も、「体調不良でドクターストップがかかった」と説明していた。その時配布された資料には、映像使用を批判された後、伊藤氏は疲弊と葛藤の中にあり、ドクターストップをかけてでも2、3カ月休養させるべきか悩んだ、という心療内科医の言葉がある。少なくとも1年前までは、まだ十分安定した状態とは言えなかったことが伺える。
心のダメージは時間がたてば解決するというものではない。伊藤氏が被害後、早い段階で専門的な治療を受けて十分回復できていれば、PTSDを抱えながら大変な思いをして、裁判や映画制作に臨まなくても良かったかもしれない。会見キャンセル時の声明で、伊藤氏は「限界を感じ、自らの命を終わらせようと」行動したことがあることに触れている。その後病院で目覚めた時に朦朧としながら、ベッドから見えた景色を撮った映像があるのを、後になって編集者が、伊藤氏の携帯電話から発見した。記憶に残っていなかったその映像を見た時、「どれだけ苦しくて終わりにしたくても、本当は生きて伝えたかったんだ、と確信できた」と伊藤氏は述べている。

