家康は浅野家に三女を差し出した

菊地浩之『増補新版 豊臣家臣団の系図』(角川新書)
菊地浩之『増補新版 豊臣家臣団の系図』(角川新書)

ところが、次男(長晟)、および三女以降になると、急に家康の近親との縁談が色濃くなってくる。長晟が家康の三女・振姫と婚儀に及んだことは先述した。

振姫は文禄4(1595)年に秀吉の命で蒲生飛騨守秀行(氏郷の子。1583〜1612)と婚約し、慶長3(1598)年に結婚。2男1女をもうけるが、14年後の慶長17(1612)年に夫・秀行が急死。家康は浅野家との関係強化のため、長晟に振姫を再縁させたのだ。

振姫は一子(浅野安芸守光晟、1617〜93)をもうけて、まもなく死去した。

また、兄・幸長の2人の娘も、長女が松平伊予守忠昌(徳川家康の孫、結城秀康の次男)、次女が徳川大納言義直(家康の九男)に嫁いでいる。

(初公開日:2026年1月18日)

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