年収5000万円夫婦の転落生活

中国がここまでの強硬姿勢を示すのはなぜか。

台湾問題は中国共産党の「核心的利益」とされており、そこに踏み込まれた焦りがあるだろう。加えて注目すべきなのが、足元で進行中の深刻な経済危機だ。日本を中国国民の敵と演出することで、習近平政権として高まる国民の不満を逸らしたい思惑が透けて見える。

中国経済の今を象徴する事例として、かつての富裕層の転落劇がある。ブルームバーグは、北京に住む40歳女性の厳しい現状を報じている。

かつて女性は、大手IT企業で税引き後年収33万ドル(約5100万円)超を稼いでいたという。夫も外資系テック企業で高収入を得ており、2軒目の住宅からは家賃収入もあった。7歳の息子をインターナショナルスクールに通わせ、家事手伝いを3人雇ってそれぞれ料理・掃除・育児を担当させた。人件費だけで年間4万9000ドル(約1400万円)を惜しげもなく支払っていたという。

その生活は、突然の終わりを迎える。価格競争と消費低迷に苦しむ勤務先の会社が、人員整理に踏み切り、この女性のチームは全員が職を失った。夫も解雇を告げられ、やむなく家事手伝いを全員解雇。息子は公立校へと転校させた。料理も掃除も今は自分でこなす。

すぐに再就職できると考えていた彼女だが、現実は厳しい。数カ月が過ぎても応募はことごとく不採用に終わった。失業した友人とアプリでライブ配信を始め、業界コンサルなど新たな事業も模索したが、どれも軌道に乗らない。配信には数人の視聴者が現れてはすぐに消え、彼女は何時間も、ただ誰もいない画面に向かって話し続ける日々が続いた。

「不要な出費はすべて削らないといけませんから」と語る彼女。華やかだったかつての生活は、景気の冷え込みと共に消え去った。

上海、2019年10月28日、古い住宅街で洗濯を干す地元民
写真=iStock.com/stockinasia
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過当競争のなれの果て…ドリンクを数円で出前できる

こうした転落劇は、中国全土を蝕む不景気のほんの一例にすぎない。

中国政府が公式に発表する消費者物価指数(CPI)は2023年初頭からほぼ変化がなく、時折小幅な上昇を見せるにとどまる。そして実態としては、むしろデフレが進行している。

ブルームバーグが中国の36の主要都市において67品目の価格を独自に分析したところ、2023年前半から2025年同期にかけて51品目で価格が下落していることが判明した。北京や上海など主要都市の住宅価格は27%と大幅に下落し、次のテスラと名高かったBYD車は27%、卵や牛すね肉は14%値下がりした。家賃も9%下がっている。

中国の若者たちはこの状況を、ネットスラングで「内巻(インボリューション)」と呼ぶ。過剰な生産能力により、国内の企業同士で自滅的な価格競争が引き起こされている状態を指す。

内巻の波は、若者の生活を直撃している。大卒後2年間、低賃金の仕事を転々としてきた24歳の女性は、ブルームバーグの取材に対し、経済が「ねじれている」と表現した。

彼女は今年初め、カクテル屋台を開業したという。だが、キャンペーンによっては出前アプリが「数セント」(日本円にして数円から十数円)程度で飲み物を提供するという、激しい価格競争が繰り広げられている。価格面で到底太刀打ちできず、わずか3カ月で閉店に追い込まれた。