人生後半戦の3段階を経て「隠居」に至る
隠居について、人生後半戦の視点から整理してみたい。第2回「人生後半戦は3段階に分かれる…大勢の定年後を取材してわかった『60~74歳が黄金期』といえるこれだけの理由」で述べたように、人生後半戦(45歳以降)は3つの段階に分かれる。①45~59歳、②60~74歳、③75歳以降である。
「45歳から59歳」は、まだまだ現役で仕事中心に働く人が大半であろう。若い時に比べれば体力的な衰えを感じることはあっても、まだ老いを強く意識する年代ではない。
老いを感じ始めるのは「60歳から74歳」の期間だろう。65歳までは雇用確保措置があって現役の人がほとんどだ。
65歳以降からは、週5日の全日勤務から離れる人が増えてくる。自由時間は増えるが心身面での衰えも顕著になり始める。大病が判明したり、視力や筋力の低下、膝や腰の痛みが出始める。WHO(世界保健機関)では65歳以上を「高齢者」と定義している。
70歳にもなれば老いは確実に忍び寄り、健康の話題が中心になって日常の活動範囲も徐々に限られてくる。ここが「定年後、その後」として述べてきた諸状況だ。
隠居は、還暦の後に生活を楽しみつくす極楽生活
一方で、人の一生は、「誕生、命名、入学、成人、就職、結婚、出産、育児、還暦(定年)、死」などの節目がある。これらは、個人が属する集団内での身分の変化と新しい役割の獲得を伴っている。これだけ寿命が長くなった時代には、還暦の後に隠居を入れればおさまりもよいのではないだろうか。
日本においては、還暦の後に、古希(70歳)、喜寿(77歳)、傘寿(80歳)、米寿(88歳)などが続く。しかしこれらは長寿を祝う行事であるものの、どのように生きるかの議論は含まれていない。
やはり「定年後、その後」の生き方の指標として隠居を規定する意味合いは小さくない。そこではとにかく、生活を楽しみ尽くす極楽生活を目指すべきだろう。
「定年後、その後」と書いたように、時間的連続性を意識すれば、人生後半戦に入った頃からは徐々に主体性のある行動が求められるだろう。前述の伊藤若冲も伊能忠敬もかなり以前から隠居の準備をしている。
