戦車2台が出動したケース

1962年、北海道の東端にある、標津しべつ郡標津町古多糠こたぬか部落でのことだ。これを詳しく報じた『週刊読売』(1962年11月4日号)を参照しながら、当時を振り返ってみよう。

9月の初めより、乳牛、馬、綿羊など20頭以上がヒグマの餌食となった。人家にも熊が現れ、村民は自らの命の危険も感じるようになる。

この村には、若い頃から63頭の熊を仕留めたという、当時では日本一の記録を持つ熊狩り名人、角田川運太郎さん(73)がいた。角田川さんは、山に熊狩りの罠“トラバサミ”を仕掛ける。その見廻りに1人で山に入ったところ、熊に襲われ命を奪われた。頭が砕かれ、カーキ色の作業着が裂かれた、無惨な姿で発見されたのだ。