「店員とともに栄える」――人を信じ、育てる経営

柳井の経営観の核心にあるのが、「店員とともに栄える」である。

かつてユニクロは急拡大の副作用として「チェーンストア病」に陥った。標準化ばかりを追い、現場の創意が失われ、既存店売上は3期連続で下方修正。世間では「ユニクロ限界説」が囁かれた。

転機は1994年、イオンの岡田卓也との『商業界』誌上対談だった。そのとき初めて、倉本の言葉が「店主とともに滅びる」とまで続くことを知る。「この一連の言葉に、企業の永続性の本質を見た」と柳井は振り返る。

それ以降、柳井は方針を一変させた。「本部が考え、店が従う」構造から、「現場が考え、本部が支える」体制へ。店長に経営権限を与え、責任と自由をセットで委ねた。「グローバルワン・全員経営」の理念のもと、社員一人ひとりが経営者意識を持つ文化が育った。

ユニクロの店長が掲げる「店長十戒」には、「お客様の満足実現のために命を懸けろ」「部下を変えられなければ自分を変えよ」とある。かつて叱咤を受けた“ぐうたら店長”が、後に銀座グローバル旗艦店を任されるまでに成長した逸話は、理念が人と組織を変える力を物語っている。

柳井は言う。

「従業員は価値創造の担い手であり、第二の自分だ」

失敗を恐れず挑戦する人を称え、学びに変える文化を根づかせたユニクロ。その根底には、倉本の「店員をともに喜び、泣ける店主であれ」という教えが息づいている。

理念を仕組みに変える――“服の民主主義”の実践

理念を理念で終わらせない――それが柳井の真骨頂である。

決算会見で語った「服の民主主義」とは、誰もが手に届く価格で高品質な服を届けるという思想であり、倉本が唱えた「商いの民主主義」の現代的解釈にほかならない。ユニクロの服は、単なる衣料ではなく「生活の部品(ライフウェア)」なのだ。

ヒートテックやエアリズムはその象徴である。寒暖差や湿度といった日常の不快を解消し、生活をより快適にする。柳井が掲げる「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」とは、“お客様の生活を変える”という決意の表れだ。

OMO(Online Merges with Offline)によるデジタル戦略も、効率化のためではなく「顧客のための仕組み」として導入された。AIによる在庫最適化も、スタッフがより顧客に向き合う時間を増やすための工夫である。

こうしたすべての根底には、倉本の「損得より先に善悪を考えよ」という商人倫理がある。企業理念「FRWAY(ファーストリテイリングウェイ)」にも、「お客様のために、あらゆる活動を行う」と明記されている。理念が行動の規範として全社員に浸透しているのだ。

倉本長治の言葉が導いた「革新する伝統」

「老舗とは、革新を続けてきたから老舗として残っているのです」――柳井はそう語る。

この言葉の背景には、倉本の盟友で経営指導者・新保民八の一句がある。「正しきによりて滅びる店あれば、滅びてもよし、断じて滅びず」。柳井はこの言葉に深く共感し、「正しさにこだわることが商売を強くする」と説く。

たしかにファーストリテイリングの成長過程には、常にこの「正しさの追求」が貫かれてきた。サステナブル素材の開発、リサイクル事業の推進は、社会的責任だけでなく、顧客の信頼を得るための“正しい商売”である。海外展開でも、地域に根ざした商品構成を再構築し、文化や気候の違いに適応する姿勢を貫いた。

また、柳井は倉本のもう一つの教え「あなたは、あたかも今日死ぬように、あらゆる行為と思想を整理すべきである」を心に刻む。「店を開ければ毎日が勝負。お客様の笑顔の中に未来がある」。その商売観は、倉本が説いた“今日を精いっぱいに生きる商い”そのものだ。

伝説の経営指導者だった故・倉本長治氏。
写真提供=著者
伝説の経営指導者だった故・倉本長治氏。

2025年8月期の過去最高益の裏には、この一日一日の積み重ねがある。お客様に“投票”され続ける企業でありたいという信念が、世界2500店を超えるユニクロの成長を支えている。

「商いの民主主義」としての未来

ユニクロの挑戦は、もはや衣料業の枠を超えている。柳井は「新しい産業をつくる」と宣言し、服を通じて社会全体の幸福を高めることを企業使命に掲げる。

「店は経営者のためでも、社員のためでも、株主のためでもない。何よりお客様のためにある」――この倉本の教えを、柳井は経営の原点として守り続けている。

挑戦と改善、顧客価値重視、社会的責任の追求――この三つを融合させた経営こそが、ファーストリテイリングを世界企業へ押し上げた原動力である。倉本の言葉は、“理念を語るための言葉”ではなく、“企業を動かすための力”として息づいている。

柳井はこう結ぶ。

「世の中を変えたいなら、自分が変わらなくてはならない。私は勇気をもって、今までの成功を捨ててきた。未来を示す羅針盤――それが『店は客のためにある』なのです」

理念は言葉ではなく、行動で証明される。ユニクロの成長の背後には、80年前の商人が遺した一つの言葉がある。その言葉は今も、多くの商人たちの進む先を照らしている。