300万台計画の最後のワンピース
この日発表されたのは、小型車を中心とする世界生産量の拡大計画だった。
09年度の世界生産量を06年度比3割増の300万台に引き上げるため、エンジン生産の相良工場(静岡県牧之原市)敷地内に、08年秋稼働を目指して小型車組立工場を建設する。投資額は600億円。さらに、インドなど海外工場の生産もアップさせていく。
ここまでは、既に決めていたシナリオ。将来に向けた300万台計画という名のジグソーパズルを完成させて発表するための、最後のワンピースが軽自動車の減産だった。
理由は、「スイフト」や「エスクード」というスズキの小型車が、主に欧州市場で人気が高まったため。「イタリアではバックオーダーが大きすぎて、販売店は開店休業の状態。生産が間に合わんのだ」と鈴木修はこのときに訴えた。
新工場が完成するまでの当面の処置として、既存工場での輸出向け小型車生産を07年度までに9万台増やす目的で、逆に軽自動車生産を、06年度(10月~翌3月)3万台、07年度3万台の合計6万台減らすと発表したのだった。
拡大路線を是とする鈴木修が、“減産”を決断したのは、HY戦争時の81年に二輪車の生産ラインを止めて以来だった。
34年ぶりの首位交代
結果を先に申し上げておくと、06年暦年ではスズキが首位を維持し、連続首位記録は“34年”とする。06年の軽自動車販売台数はスズキが61万1362台(前年比1.1%減)に対し、2位のダイハツは60万1271台(同2.2%増)。
シェアは、スズキが30.1%(05年は32.1%)、ダイハツは29.7%(同30.6%)だった。
1998年10月に最後の規格改定があった軽自動車だが、市場規模は翌99年から04年まで180万台台で推移。05年は192万台に伸びた。この間、スズキのシェアは30~32%だったのに対し、ダイハツは急伸する。99年27.0%だったのが05年には30.6%と3割の大台に乗せたのだ。
「ダイハツは、三菱自工やスバルなど失速した会社のシェアを取り込むのがうまい。これはトヨタが得意とするところであり、トヨタから学んだのだろう」と鈴木修は指摘していた。
06年の軽市場は202万3619台(前年比5.2%増)と、初めて200万台を突破する。「ヴィッツ」などの小型車と競合しつつ、さらに日産の新規参入による競争が激化しながらである。
逆に、登録車は371万5887台(同5.4%減)となり、「これは1977年の水準。軽が売れて登録車が減る傾向が鮮明に出た」と、志賀俊之・日産自動車最高執行責任者(当時)は話した。
暦年ではなく年度として捉えると、06年度(06年4月~07年3月)ではダイハツの61万6206台(シェア30.3%)、スズキ60万5486台(同29.8%)と、首位交代した。年度では実に34年ぶりのことだった。

