滞在1時間の「ビッグベア」
3カ月前ともなると、視察に備えた掃除を所員のみんなで始める。数日前からではなく、3カ月も前からだ。展示車両や商談する机と椅子、フロア、トイレはもちろん、来店客が入らない倉庫や給湯室、男女の更衣室なども含め、隅から隅まで施設全体をピカピカに磨き上げる。
1カ月前には、鈴木修が挨拶する場所、記念撮影をする場所を設定。スケジュールから時間を求め、記念撮影時の太陽の角度までをも計算に入れていく。念には念を入れた、水も漏らさぬ準備を進める。
果たして当日、ビッグベア(大きな熊)は現れた。ところが、事前に考えていた想定ルートを逸脱、好き勝手に自由に動き回る。
「この蛍光灯はいらない」、「取りやすい位置に部品棚のレイアウトを変えろ」、「なってないぞ」……。滞在していたのは、わずか1時間程度。
この1時間のために、店の半年間の多くが費やされた。だが、ピカピカにしたお陰で、社長が飛ばされることもなかった。さらに「店の設備が充実したのと、みんなが結束できたのは、会長訪問のお陰でした」と磯﨑は話す。
「あの噴水止めてください」
磯﨑拓紀は、イソザキを創業した磯﨑孝の長男である。スズキでの研修を終えて、茨城に戻ってから、鈴木修の来訪を2度受ける。東大阪営業所での経験があったので十分な準備を行い、問題を起こすことはなかった。「営業マンからサービスマン、女子社員と、店の全員が修会長と握手を交わしてました。それと、来訪を前にきれいな看板に付け替えました」と拓紀。2015年12月の来訪時には、大きく「やる気」、小さく「感謝」と、鈴木修は色紙にサインを残していった。
資本関係のない副代理店にまで訪問する鈴木修。上場する超大手部品会社にも、足を運ぶ。さすがに工場監査までは行わないものの、次のようなエピソードがある。
その部品メーカーには、門をくぐった事務棟の前に大きな噴水があった。応接室で鈴木修は、部品メーカー社長に「立派な噴水ですなぁ。○○(会社名)さんのような大手さんは、やはり違います」などと褒め言葉を投げた後、すかさず言った。
「ところで、スズキ向けの部品を作っている間、あの噴水を止めてください。電気代が浮きますから、その分、部品の値段を負けていただけませんかね」、と。
部品メーカー社長は、度肝を抜かれてしまう。以来、鈴木修の訪問を受ける度、この会社では噴水を止め、さらに事務棟も工場も、電灯やエアコンをできる限り消している。暗くして鈴木修が去るのを、みんなでじっと待っていたそうだ。
やはり上場している、大手部品メーカーの役員は、2005年にこんなことを話していた。
「ホンダは、『多少高くてもいいから、新しい技術を入れてくれ』と言ってきます。対するスズキは、『新しい技術はいらないから、安くしてくれ』と要求してきます。既に他社に供している部品なら、安い上に品質も安定しているわけで、スズキは欲しがります」

