人気記事
ビジネス
マネー
政治・経済
キャリア
ライフ
社会
会員限定
動画
検索
ログイン
会員登録
ログアウト
マイページ
#書籍抜粋
#コミック
#日本史
#健康
#プレジデント本誌
#インタビュー
#中国
#再配信
越前・北庄城49万石の大名→2000石の旗本に…秀吉に滅ぼされ、家康に拾われた「柴田勝家の子孫」のその後
柴田勝家の肖像画(写真=『柴田勝家』福井市歴史博物館/CC-PD-Mark/
Wikimedia Commons
)
寺門をくぐって左手にある墓所で、柴田家の墓はひときわ目立っていた
普段は神主もいない典型的な村の鎮守だが、川のそばに位置しており、古来より水神として信仰されていたことがわかる
兜を埋めたというのはあくまで伝承。残念ながら発掘調査は実施されていない
典型的な江戸時代の武士階級の墓なのだが、サイズが「大名か?」と思う威容である
「豊臣兄弟!」の舞台は盛り上がっているが、ここまで訪問する歴史ファンはいないようだ
この写真の記事を読む
あわせて読みたい
この記事の読者に人気の記事
AIの最適解はナイチンゲールが示していた…野口悠紀雄「多くの人が見落としている人工知能の最も重要な要素」
トップページへ
個人投資家が陥る「自信過剰」の罠…プロが教える失敗回避の極意
トップページへ
意識したいのは時間と質だけじゃない。40代・50代が知っておきたい「睡眠の現在地」[管理職のコンディション診断]
トップページへ