日本人は無類の世界遺産好き
「世界遺産」という制度やネームバリューが観光客を国際的に呼び寄せるのであれば、このしくみにも多少の救いはある。しかし世界遺産に一番関心の高い「国民」は実は日本人であると考えていいだろう。書店に行けば世界遺産に関する本が何十種類も出ている。少なくない大学に世界遺産を冠した授業が用意されている。筆者が勤める大学にも、全学部の学生が共通して履修できる「世界遺産のいま」という授業がある(筆者が担当している)。
世界遺産の知識を問う検定試験(世界遺産検定)まで存在し、しかも一定の受検者数を得ている。鈴木亮平、あばれる君、阿部亮平(Snow Man)などの芸能人も1級を取得していて、ちょっとした知的タレントの指標にまでなっている。そんな国は世界中探してもどこにもない。
逆に言えば、世界遺産を求めて海外に行く日本人なら筆者も含め一定数はいるかもしれないが、海外から「そこが世界遺産に登録されているから」という理由で日本にやってくる外国人はそんなに多くはない(たぶん、あまりいない)ということである。
「観光地化」することしか頭にない
多くの外国人観光客でにぎわうJR京都駅の烏丸口を出たところに大きな「世界遺産案内図」があるが、これにじっくり見入っている外国人を、この前を何十回、いや何百回と通っている筆者は一度も見たことがない。……と思っていたら、2024年2月に確認したところ、その案内図自体撤去されていた。
実は世界遺産も「観光立国」同様に「国策」である。世界遺産の誘致活動や登録後の様々な施策は、地元の都道府県や市町村などの自治体が担っているので、そのことは意識されないかもしれないが、ユネスコへの申請は国家単位でしかできない。自然遺産を管轄しているのは環境省、文化遺産の登録を取り仕切っているのは文化庁である。
次にどこを候補として正式に推薦するかといったことも国の専権事項だし、有力政治家が地元の遺産候補の審査を優先的に行うよう政治力を行使することがあるのも、関係者の間では公然の秘密である。もちろん、環境省も文化庁も、自然環境や文化遺産を「守る」立場であるが、登録の過程ではやはり観光振興が表に出て、省庁間、あるいは地域間の駆け引きにもなってしまう。