言葉のプロも嫉妬「憧れるのをやめましょう」

【千葉】まさに。すこし具体的なテクニック論を紹介しましょう。

話すというコミュニケーションでは、「相手に何を覚えてもらいたいか」を考えるのがすごく重要です。そこでポイントになるのが、伝えたいことをワンフレーズに落とし込む「コアメッセージ」です。

例えば、大谷翔平選手の「憧れるのをやめましょう」。

【三浦】こんなことまで言えるの、ちょっとずるいよね。野球はもう人類史上いちばんすごい人で、しゃべりまでうまいわけだから。

【千葉】すべてが完璧なんじゃないかって思えるぐらい。

【三浦】通訳以外、完璧ですもんね。

【千葉】プロの目線から見ても、よく考えつくなと。

「憧れるのをやめましょう」というワードの何がすごいか。まず、短い。これは当たり前のようですが、すごく重要なんです。ちょっと悪い例やってみますね。

「今日私が皆さんに伝えたいことは、みんなで一緒に協力をして高め合っていただきたいですし、さらにはお互いが仲良くなっていくことで、より良い世界を作っていただきたいですし、一緒にがんばれて良かったと、振り返った時に思える仕事の仕方をしてほしいと思っています」

こう言われたって、何も覚えられない。

「今日伝えたいことはたったひとつ、『一緒に高め合おう』、ということです」

例なので平易な表現を選んでいますが(笑)、短いというだけで、話の中で何がいちばん大切なのかがわかると思います。

もうひとつ、プラスのイメージのワード「憧れる」と、マイナスのイメージのワード「やめる」を掛け合わせているという点が非常に秀逸です。これによって、聞き手は一瞬「つまりどういうことだろう」と感じる。そして、記憶に残る。

【三浦】組み合わせがすごいインパクトを生んでいる。「夢を見よう」だったらまあわかるんだけど、今ある「憧れる」という状態を「やめよう」という。

難しい言葉を使っているわけでもないし、これ、本当によくできたスピーチだったなと思っています。

ラブレターに書かれた「60億個の細胞」

【三浦】やっぱりギャップをつくるというのがすごく大事で。例えばサザンオールスターズの楽曲に「マイナス100度の太陽みたいに」という歌詞があります。太陽って熱いんで、それに対して「マイナス100度の」っていうだけで、すごく印象に残りますよね。

あとは僕の好きな言葉だと、昔のパルコの広告コピーで「ナイフで切ったように夏が終わる。」っていうのがあって。「ナイフで切る」と「夏が終わる」って遠いことを言ってるんだけど、すごく心に迫ってくる。

ギャップのある言葉を組み合わせることでとても印象に残るので、これは覚えておくといいと思います。

同じような法則で「情緒はデジタルで伝える」って言い方がよくありますね。さっきの「マイナス100度の太陽」もそうですし、例えば「めちゃくちゃ愛してるよ」っていうよりも……これ僕の友達が実際にラブレターに書いた言葉なんですが、「僕の60兆個の細胞が全部君を愛してる」。

【千葉】すごい(笑)。

【三浦】「60兆個」という数字があることが、胸にグッとくるじゃないですか。その情緒──「愛してる」「怒ってる」とか、感情を伝えるときに「めちゃくちゃ」とか「とっても」って言うよりも、あえてデジタルな数字で表現することによって、人の印象に残る。

伝えたい言葉が短いということに加えて、その短さの中にギャップがあることが、言葉づくりではすごく大事だと思っています。

【千葉】タイパ時代って言われるようになって、やっぱり全部は覚えてもらえないっていうときに、どうやって相手の印象に残すのか。この部分の追求っていうのは本当に重要ですね。