時間が経ち冷静になると、麦わらの老人の「俺はここの奴が死んでショックなんや」という言葉が妙に気になってきた。今日駅前通路にやってきた寅さんに聞いても分かるわけがないので近くのホームレスに聞いてみると、なんと数日前に四郎が死んだのだという。
朝起きるとダンボールの上で冷たくなっていたそうだ。死因はみんな「分からない」と答えたが、上野公園のベンチに座っていたホームレスがこんなことを言っていた。
「最近、駅前の通路にいたホームレスが寝たままの格好で死んだ。糖尿病を患っていたらしいから血管が破裂したんだろう」
できることなら寅さんと一緒に頑張りたいけど…
4日間降り続いた雨がようやくあがった。今までは4日くらい雨が続いても「最近雨ばっかりだな」くらいにしか思わなかったが、私はこの4日間のことを一生忘れないだろう。濡れた服やバックパックを乾かすために1日隅田川を挟んで上野駅前に戻ると、寅さんが目を見開いて駆け寄ってきた。
「おいおい、お前さんどこへ行ってたんだよ」
「隅田川で服を乾かしてたんですよ」
「俺よ、自立支援センターに入ってやり直そうと思うんだ。生活保護なんかよりも働いたほうがずっとマシだからよ。明日の朝センターの職員がここに迎えに来るからよ、お前さんも一緒に行かねえか。昨日もお前さんが来るのをずっと待っていたんだよ。一人より二人で協力したほうがよ、お互い頑張れるじゃねえか、な?」
寅さんの優しさと人懐っこさに私は涙を堪えた。できることなら寅さんに付いて行き、一緒に頑張りたい。しかし、嘘を付き通してセンターに入所するなんてことはおそらく無理であるし、許されないだろう。私は寅さんの誘いを断るしかなかった。
「ちょっと考えますよ」
「考えてたらこのままズルズルいっちまうって。嫌なら無理には誘わねえけどよ」
寅さんは上京して以来、ガードマン・生活保護・自立支援センター・ホームレスを行ったり来たりしている。このままではいけないと奮闘するも、どこへ行っても長続きしないのだ。しかし、今この瞬間は「働いてやり直したい」と思っている。
「お前さん、今いくつなんだい?」
「29です」
「なんだ、若けえじゃねえか。まだまだやり直し利くんだからよ。悪いことは言わねえから今すぐに働けって。このままじゃ住所もなくなっちまうぞ。そうなればもう飯場に入るほかなくなっちまうんだぞ」
素朴な疑問だがホームレスになると住民票はどうなるのだろうか。
「住所なくなっちゃうんですか?」
「当たりめえじゃねえかよ。住民票がなくなると働きたくても働けなくなるんだぞ。お前さんも大人なんだからそんくらい勉強しとかないとダメじゃねえかよ」
実態調査や家族からの申し出などによりその住所に本人が住んでいないことが確認されると、市区町村の権限で住民票を削除することができる。これを「職権消除」という。