破防法で解散させなかった理由
【佐藤】地下鉄サリン事件は、日本が法治国家ではない現実を浮き彫りにしましたよね。信者がドライバーを持っていれば銃刀法違反で、駐車場に足を踏み入れれば建造物侵入で、微罪逮捕した。これは法治国家のやることではない。
【片山】オウム真理教に対して超法規的に対応すべきだという戦時体制的な空気が確かにありました。でも結局は破防法を適用せず、解散までには追い込まなかった。
【佐藤】そこが日本のインテリジェンス能力の高さだと思うんです。解散させたところで、オウム真理教は非合法に残って地下に潜ったはず。それなら合法的な組織として残し、行動や全体像を把握した方が賢明です。
【片山】その通りで、反社会勢力の非合法化が逆効果なのは歴史が証明している。
19世紀のドイツ帝国でも社会主義者鎮圧法で社会主義運動の非合法化をはかりましたが、名称や表向きの趣旨を変えては出てきて、かえって活動を盛り上げてしまう。ロシア帝国でも弾圧がかえって反体制運動に強固な地下組織を作らせ、単に不気味さが増大しただけでした。
しかもオウム真理教の場合は、教義と連動するように阪神・淡路大震災が起きましたね。震災がオウム真理教の終末論にぴたりとはまり、やはり日本の破局は近づいているのだと信者を刺激して、テロ機運を高めることになった。大地震は世界の終わりの予兆。これは古今東西、人類の思考パターンの定石ですね。
作家
1960年、東京都生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了の後、外務省入省。在英日本国大使館、在ロシア連邦日本国大使館などを経て、外務本省国際情報局分析第一課に勤務。2002年5月、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年2月執行猶予付き有罪判決を受けた。主な著書に『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』(毎日出版文化賞特別賞)、『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅賞)などがある。
片山 杜秀(かたやま・もりひで)
慶應義塾大学法学部教授
1963年、宮城県生まれ。思想史研究者。慶應義塾大学法学部教授。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。専攻は近代政治思想史、政治文化論。音楽評論家としても定評がある。著書に『音盤考現学』『音盤博物誌』(この2冊で吉田秀和賞、サントリー学芸賞)、『未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命』などがある。