未来を予測することは難しいが、このまま世界人口が増えていけば、人類は食糧難に直面し、やがて地球外の天体に移住する人も出現するかもしれない。

「欧米の民間組織は、火星の有人探査の『片道切符』の移住構想を相次ぎ発表した」(朝日新聞、2013年4月25日付朝刊)とのニュースが伝わってきた。オランダのNPO「マーズ・ワン財団」やアメリカのベンチャー企業、スぺースX社は、火星への人類の移住計画を公表し、移住者を募っているという。スペースX社の計画によると、まず10人を火星に送り、ドーム内で食料を生産し、いずれコロニーを拡大して最大8万人を移住させたいとのことだ。

問題は火星に到着するまで片道8カ月もかかることだ。宇宙空間に長くとどまると放射線を多量に浴びるためにがんなどのリスクが増える。マウスの実験ではアルツハイマー病の発症確率も増大するという。あるいは宇宙船の中で過ごすうちに運動機能や眠りの質が落ち、体内時計のリズムも乱れてしまう。スペースX社の見積もりでは、1人当たりの費用は50万ドル(約5000万円)だそうだが、そんなリスクと大金を払って、火星に移住したい人がいるのかしら。そう思っていたら「マーズ・ワン財団」の計画には100以上の国と地域からインターネットを通じて1万人以上が応募したという。もっとも、こちらのほうは無料らしく、お金はないけれど好奇心はあるという人が世界にはたくさんいるのだろう。

そもそも人類は知らない土地に行きたいというパトスを持っているのかもしれない。約16万年前にアフリカで生まれた現生人類は、10万年ほど前に一部の人がアフリカを離れて、1万年ほど前までには、南極を除く世界のあらゆる土地に侵入してしまった。当時の人にとって人跡未踏の地に行くのは、現代人が火星に行くのと同じくらいの大冒険であったに違いない。

さて、地球の人口増大に対するもうひとつの対処法は新しい食料の開発である、国連食糧農業機関(FAO)は近頃、昆虫を食べることを推奨する報告書を発表した。FAOの担当者は、昆虫の栄養価は高く、世界人口の3分の1に当たる20億人が食べていると述べ、昆虫は環境に対する負荷をあまり与えずに増殖できる、エコロジカルな食料であることを強調した。報告書は、多くの西洋諸国では昆虫を食べることへの抵抗感が残っている、とも述べ、昆虫食への嫌悪は偏見であると指摘した。

日本でも江戸時代はイナゴやカイコのサナギなど、昆虫食は普通であったが、近年は西洋の影響か、昆虫を毛嫌いする人が増えて、昆虫食はすっかり廃ってしまったようだ。しかし、近年日本でも昆虫食を見直す人が現れて、昆虫料理を紹介する本も出版されている。内山昭一さんの『楽しい昆虫料理』(ビジネス社)の口絵には、セミの煮付け、トノサマバッタの天ぷら、マダガスカルゴキブリのバター焼き、といった料理がカラー写真で紹介されていて壮観である。内山さんによれば、日本で一番美味な昆虫はセミであるという。セミは夜、土中から出てきて殻を脱ぐ前のものが美味いという。今年の夏、セミを食べて未来食と威張ってみたらどうですか。

池田清彦
生物学者。1947年生まれ。早稲田大学国際教養学部教授。生物学の観点から、社会や環境など幅広い評論活動を行う。著書に『生物多様性を考える』『アホの極み 3.11後、どうする日本!?』『ナマケモノに意義がある』などがある。昆虫採集が趣味。
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