「船場吉兆の次男坊」として

「吉兆の次男坊」「高級料亭のボンボン」……。このような湯木尚二さんに対する世間の印象は、あながち間違ってはいないだろう。「朝ごはんは吉兆の松花堂弁当だった」と語る彼の育った環境は、さすがに一般的とはいいがたい。

しかし、彼の幼少期はもう少し複雑だ。

尚二さんは、年の離れた兄とともに家政婦に育てられた。両親は料亭内の座敷で寝泊りしており、会えるのは週に一度。家族でどこかに遊びに行った記憶もなく、両親との距離は遠かった。