「70歳を過ぎたら、急に“順位”が上がったんです」。そう笑うのは、プロダクトデザイナーの秋田道夫さん。誰もが収入や立場を失いがちな年代で、むしろ「今が一番楽しい」と話すその姿は、新しい時代のロールモデルだ――。

引退年齢に差し掛かってから仕事が増えた

70歳を過ぎても、肩肘張らず、笑顔を絶やさず、自ら生み出す造形と言葉で人を魅了し続ける人がいる。プロダクトデザイナー、秋田道夫さん。いわゆる“引退年齢”に差し掛かってから、むしろ仕事が増えているという。

もともとデザイン業界では知られた存在だったが、4年前にSNSで発信を始めると、その言葉の魅力に一気に若い層にもファンが広がった。以後、出版のオファーも相次ぎ、著作の数は最新著の『センスのはなし』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)で7冊目となった。本人曰く、「70歳を超えてからが一番楽しい」。

「69歳と70歳では、まるで世界が変わりました。この1年で、急に社会の中の順位が上がったというか。60代後半までずっと平坦だったのに、70からはぐっと抜けた感じがあるんですよ」

プロダクトデザイナー 秋田道夫さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
プロダクトデザイナー 秋田道夫さん

忘れられない「シルバーパス事件」

そのことを実感したのは、こんな出来事だった。

「70代以上の東京都民が利用できる『シルバーパス』というサービスの申請に行ったんです。これは都営のバスや地下鉄を自由に使える一年間のフリーパスなのですが、バスや都営地下鉄が一年間乗り放題になるのは魅力です。発行費用は2パターンあって安い方は1000円で、しかし一定以上の収入があると約2万円になるんです。まあ頻繁にバスや地下鉄を利用する人には2万円でも魅力ですし、クルマに乗らずにバスに乗ろうというきっかけになれば「エコ」ですし。

その制度を知って手続きが始まる初日の朝、バスターミナルの事務所に手続きに行ったら1000円コースの列にはすでに50人ぐらいの人が並んでいて、2万円コースは2、3人しかいなくて、しかもマイナンバーで年齢を証明するだけなので、手続きもすぐ終わるんです。この鮮やかなコントラストを目の当たりにしたことは価値があると思いました。すごくリアルです。まあ、その日わたしがどちらの列から見ていたかは内緒です」

多くの人が「定年後」に備えて節制し始めるなかで、秋田さんはむしろ自由度を上げている。収入が減る、評価の場が少なくなる、人との接点が減る……そんな70代の“定型”を、あざやかに裏切ってみせる。