これはどれも企業家にとっては生死を分かつほど重要なことだけれど、サラリーマンは源泉徴収と年末調整によって会社に税務申告と社会保険料の計算を委託しているので、手取り収入の範囲で生活しているだけなら会計も税務も必要ない。住宅ローンはファイナンスの一種だが、家賃のかわりに決められた金額を払っているひとが大半だろう。

サラリーマンとは、企業家としてのコア(核心)を切り離すことで、自らの専門分野に特化したひとたちなのだ。

脱サラの成功率が高くない理由

経営学では、会計・税務・投資・資金調達などは「会計ファイナンス」と括られる。だから、こうした知識をまとめて「フィナンシャルリテラシー」と呼ぶことにしよう。リテラシーというのは、「読み書きの能力」のことだ。

よく知られているように、脱サラの成功率はあまり高くない(一般に3割程度といわれている)。それにはいろいろな理由があるだろうが、そのひとつにフィナンシャルリテラシーの欠落があることは間違いない。

純粋培養されたサラリーマンが、羅針盤も海図もなく徒手空拳で市場の荒波に乗り出していく。会社の財務状況を把握できず、余分な税金を払い、高い利息でお金を借りていれば、あっという間に難破してしまうのも当然だ。

会社に与えられる「法律上の人格」

会社には法律上の人格が与えられる。私はこの意味がずっとわからなかった(正直にいうといまでもよくわからない)。

近代の市民社会は個人(市民)の人格を等しく認め、それを人権として社会のいしずえに置いた。だから、私やほかのひとたちが人格(パーソナリティ)を持っていることは理解できるけれど(これがあいまいになると精神病と診断される)、法律上の人格っていったいなんだろう。

本書のもうひとつの主題は、「法人」をめぐる謎になる。その不思議を解明しようとして自分で会社をつくってみたのだが、その結果、事態はさらに錯綜さくそうしまった。

私の会社には株主と取締役が一人しかおらず、それはもちろん私自身なのだが、この会社は、私(個人)とは独立した法人としての人格を持っているのだ。世の中にこんなヘンな話ってあるだろうか?

本書では、こうした一人会社を「マイクロ法人」と名づけた。