名前呼びして母との距離が縮まった高校時代

中学に入って思春期を迎えると、母や祖母と衝突することが多くなりました。優等生の母は、正論が大好きなんです。何か相談しても、大人の正しい意見しか返ってこない。それがイヤで言い返したり、相談したりすることもなりました。そんなイライラを黙って聞いてくれていたのが父です。父とはよく犬の散歩に一緒に出かけて、私の愚痴を聞いてもらったり、進路を相談したりしていました。

そんな母とのピリピリした関係も、高校に入ると一変。母からも「性格が変わった」と言われるのですが、友だちの影響で積極的に楽しいことを全力で楽しめるようになったんです。友だちはみんな親やきょうだいやと仲がよく、親のことを下の名前で呼ぶのが流行っていました。その影響で私も母を「ひろこさん」父を「すなおくん」と呼ぶようになりました。今では、母のことを「ぴろ」とか「ぴろこ」と呼んでいます。母との距離が縮まったことで、「仲がいいほうが、自分もラクなんだな〜」と気づきました。

「堀江家の食卓は毎日とにかく賑やかで、いつも大勢の人がいた」と笑顔で語る、料理研究家のほりえさわこさん
撮影=小林久井(近藤スタジオ)
「堀江家の食卓は毎日とにかく賑やかで、いつも大勢の人がいた」と笑顔で語る、料理研究家のほりえさわこさん

母には感謝することばかりですが、そのひとつが、老人給食の手伝いに連れて行ってくれたことです。祖母と母が参加していたボランティアで、月に1回35年間通いました。私も小学生から強制参加(笑)。そこでは100人分の大量調理をするので、家の料理とはまた全然違います。年齢層の違う人たちと一緒に料理をしながら、大量調理のスキルも要求されます。このときの経験は、今もすごく役立っていると感じていますね。