2023年10月に勃発したイスラエルとハマスの戦争は現在も続いている。なぜ国際社会は止められないのか。東京大学名誉教授の小原雅博さんは「第二次世界大戦後には、戦争違法化が、固有の権利としての自衛権を重要な例外として、国連憲章に明記された。だが、人道法や自衛権の成績表は誇れるものではない」という――。

※本稿は、小原雅博『外交とは何か』(中公新書)の一部を再編集したものです。

ガザ北部ベイトラヒヤで、イスラエル軍の攻撃後に立ち上る煙=2025年3月29日
写真=ゲッティ/共同通信社
ガザ北部ベイトラヒヤで、イスラエル軍の攻撃後に立ち上る煙=2025年3月29日

国際社会は「法の支配」が脆弱な社会

外交は他国との関係を処理する国家の営みであり、その主たる現場は国際社会にある。それは国内社会とは本質的に異なる。ここでは、「法」と「力」という視点から、国際社会の特徴を論じてみよう。

第一に、国際社会は「法の支配」が脆弱な社会である。

その最大の原因は、国際社会には、主権国家を超える世界的権力主体が存在しないという構造にある。この構造の原型は1648年のウェストファリア講和会議にまでさかのぼる。この会議を境に、中世の宗教的束縛を捨て去った主権国家の一群がヨーロッパ国際秩序の担い手となった。

当時、主権概念の理論的枠組みを提示したトマス・ホッブズ(1588~1679)は、概要こう論じた。

《自然状態においては、人間は自己保存のための暴力行使の権利(自然権)が認められているが故に、「各人の各人に対する戦争の状態」に置かれる。こうした「アナーキー」(無政府状態)を脱し、平和と安全を確保するために、人間は契約によって自然権を国家に委譲し、国家がそれらを唯一絶対最高の権力である主権として行使することで、暴力や恐怖のない安全な社会を構築することができる》

近代主権国家が持つ「対内主権」と「対外主権」

ホッブズの著書『リヴァイアサン』には、無数の人間からなる巨人が頭に王冠を被り、右手に剣を持ち、左手に聖職者の牧杖を持つ絵が描かれている(図表1参照)。これが、主権を体現するリヴァイアサン(旧約聖書に登場する比類なき海の怪獣)である。

【図表1】トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』の扉絵
【図表1】トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』の扉絵(写真=Abraham Bosse/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

ホッブズはこう定義している。

《一人格に統一された群衆は、コモンウェルスと呼ばれ……リヴァイアサンの生成であり……コモンウェルスの中の各個人が彼に与えたこの権威によって、彼は、彼に付与された、非常に大きな権力と強さを利用しうるのであり、その大きさは、彼が、その威嚇によって、彼らすべての意思を、国内における平和と彼らの外敵に抵抗する相互援助へと、形成することができる……この人格を担うものは、主権者と呼ばれ、主権者権力を持つ……》(『リヴァイアサン』)

近代主権国家は、「正当な物理的暴力行使の独占」(マックス・ウェーバー『職業としての政治』)によって領域内のすべての人と物に対する排他的な統治権限(対内主権)を行使する。また、外部の国家等からの支配や命令に服さない独立権(対外主権)を持つ。