辞書的な正しさよりも「仕事が動く」かどうか
では、当時、上司と議論した末にたどり着いた「解像度上げ」はどのようなものだったのか。
「問題」は「ネガティブで、批判的な指摘や提起をする際に適切な言い回し」。一方、「課題」は「よりニュートラルで、カイゼンや解決に向けてやるべきことをやっていこうといったニュアンスを込めやすい言葉」。
したがって、作成している資料の目的が、「よくないことをまずは指摘する」段階なのであれば「問題」。そうではなくて、「何か打ち手を実行する」前提なのであれば「課題」の方が適切だろうという結論に達しました。
ただ、このような「解像度上げ」について決して誤解してほしくないポイントがあります。
こうした議論は、「辞書的に正しいかどうか」という観点では考えていません。「自身の職場で機能するか」、もっと露骨に書けば「資料の読み手である上司がすんなり受け取ってくれるかどうか」という前提で解像度を上げています。
唯一の正解などではないし、そもそも「正しいかどうか」ではなく「目的の達成に資するか」という観点で考えることが、仕事上の「解像度上げ」において重要なポイントなのです。
当時の資料は「今後に向けたアクションへの決裁をもらうこと」が目的だったため、「問題」ではなく「課題」という表記で統一しました。そして、実際にその資料は一発OKでした。
もし「課題」ではなく「問題」と記載していたら、「なぜこんな問題が発生しているのか」という原因探し、犯人捜しに終始してしまい、今後に向けた決裁を取る前に時間切れ、会議自体をやり直しという事態になっていたかもしれません。
時間をかけて「言葉の解像度上げ」にこだわったからこそ、最短時間で決裁を取得することができたわけです。

