原子力を普及し、CIAの協力者だった読売トップ
私の父親は戦前から読売に入り、読売一筋に生きた人だった。お銚子半分も飲むと酔ったが、そんな時よく、「俺は正力さんと一緒に印刷現場で働いたことが誇りだ」「読売争議の時にアカを追い出してやった」といっていた。生きて今の読売を見たら何というだろう。
正力氏はいち早くテレビの可能性に目をつけ、1953年に日本テレビ放送網の本放送を開始し、プロレスやプロ野球の普及に尽力した。
しかし、1955年、アメリカの「平和のための原子力」プログラムを読売のトップで大々的に紹介し、そこから原子力の普及にのめり込んでいく。その年、正力氏は衆院選に出馬し当選。翌年に原子力委員会の初代委員長に就任するのである。
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