美知子さんはフラッカーシーから「ミチコ、ドント・コピー」と言われたという。

「実際、彼の作品は有名すぎて、そこらじゅうでコピーされているんだけどね。要するに『人真似のレベルではいけない』ということなんだと思う。でもね、その後に私が芸者の姿を彫った作品を見せたとき、彼は驚いて『これ、真似しようかな?』って言ってくれたんですよ! もう、最高の褒め言葉よね」

彫刻界で「キング」と呼ばれる孤高の彫刻家・カッシに褒められた美知子さんの作品。マイクロスコープを使って微細な彫りを施した。
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彫刻界で「キング」と呼ばれる孤高の彫刻家・フラッカーシーに褒められた美知子さんの作品。マイクロスコープを使って微細な彫りを施した。

最終的に、彼は使用していた3本の彫刻刀を美知子さんにプレゼントしてくれた。

「ただ、その彫刻刀は研がれていない状態のものだったから『あなたのやり方で研ぎなさい』という意味だったんじゃないかな。『あなたはあなたの道を行きなさい』っていう」

次なる巨匠の元で、いつものやり方を捨てる

そしてその次の年は、同じくハンティング・エングレーヴィング界で有名な彫刻師チェーザレ・ジョヴァネッリという人物のところで学んだ。

そのとき大変だったのは「それまで自分がやり慣れてきたスタイルを、すべて変えなくてはいけなかったこと」。

職人は仕事をするための場所・道具・プロセスなどに強いこだわりを持ち、自分だけの「いつものやり方」を手放すことには抵抗があるという。

しかし、ジョヴァネッリ氏のところで技術を学ぶには、自分のこだわりを捨てる必要があった。

例えば、マイクロスコープを使わずルーペでやる方法に変えること。作業の体勢。それに合わせるため、今までの机の高さなどもほとんど変えなくてはいけなくなる。

美知子さんも最初はかなり躊躇したそうだが、自分の技術力を上げるためにすべての変化を受け入れた。

イタリアの彫刻村で学んだ証書のない技術

このイタリアで学んだ時期のことを話すあいだ、彼女は目を輝かせながら振り返っていた。

「みんな本当にとても優しくてね。ビジネスとか先生とかいう雰囲気がぜんぜんなくて、『同じ仲間じゃないか!』っていう態度で教えてくれるの。私もあちらに行くときはノルウェー産のサーモンを持って行ったりして。フラッカーシーも『口の中で溶ける〜!』なんて言って喜んでくれてね。あのころ出会った人たちには、今でもすごく感謝しているのよ」と懐かしそうに笑った。

学校に通ったり講座を受けたりするのではなく、本物の技術を身につけている人の技を間近で見て、目に焼き付け、あとは練習を繰り返していくことで、高い技術を自分のものにしていく。だから、美知子さんの手元には卒業証書や資格証明というようなものはない。

「私にとっての証書は、手元に残っているトレーニング用のプレートかな。それを見れば『こういうものも、ああいうものも彫れるようになった』とか『50パターンも彫れるようになった』とかって思えるから。難しい依頼が来てもそのプレートを見せれば、相手は納得して何も言わず依頼をしてくれる。それが『答え』だと思う」