この日から井上さんは、気になった本を片っ端から貪るように読んでいった。その中で、度々登場する「NLP」という言葉に引っかかる。『NLP』とは、Neuro Linguistic Programming(神経言語プログラミング)の略称で、別名「脳と心の取扱説明書」とも呼ばれる心理学の一つだ。

「僕はインターネットで『NLP』を調べ、1dayセミナーに参加したことをきっかけに、心理学に興味を持ち、さまざまな心理学のセミナーを受講し、1年後には心理的コーチングを受けるに至りました」

父親への手紙

井上さんは心理的コーチングを受けることで、生まれて初めて自分自身や家族、仕事や過去に向き合い、“逃げない時間”を過ごした。それはすなわち、「自分軸」を見つける作業だったという。

「自分の強みや弱み、コンプレックスや好きなこと、嫌いなことがわかりました。喜怒哀楽を感じることができるようになり、僕の『価値観』が炙り出されると、これまで抱えていた悩みが解決できました。その上、自分の人生における目的や役割まで見つけることができたのです」

目的や役割は、生きる上で迷った時にすぐに戻れる「自分軸」として機能し、他人の評価を気にして生きてきた井上さんの人生を大きく変えた。

そのほか、井上さんが受けたコーチングの中で、最も有効と感じたのは、「書く」ことだった。

「書くことは、視覚・聴覚・触覚(体験覚)を刺激し、思考を見える化します。何度も取り組める『再現性』が高く、形に残り、後から振り返ることができます。そのため『自分の財産』になるだけでなく、『自分を客観視できる』という最大の効果があると思います」

中でも井上さんが最も効果を感じたのは、父親への手紙だった。

「言葉で直接伝えるのは勇気が要る、恐怖心があるという場合は、無理せず手紙を書くことをお勧めします。『手紙』は、相手が他界している場合にも、自分の感情を客観視し、整理するのに有効だと思います。手紙は相手に渡しても渡さなくても良く、気持ちに区切りをつける意味で、自分で破って捨ててしまっても問題ないでしょう。手紙を書く目的は、無意識の深い部分にヘドロのように溜まってしまった心の叫びを、しっかりと表に出してあげること。相手は自分の思いを素直に受け止めてくれるとは限りませんし、相手の反応に期待すると、結果が違った時に新たな怒りがぶり返してしまいますから」

井上さんは、幼い頃から抱いていた父親への思いを、時系列に沿ってひたすら書き出した。より鮮明に思い出すため、幼い頃の自分と父親の写真を手元に置き、「こんなことを書いたら傷つくかな?」という罪悪感は徹底的に排除して挑んだ。中途半端に取り組むと、効果が薄れてしまうからだ。

井上さんは、書き上がった手紙を、父親に直接渡した。

「『手紙』を書くことで、自分の中の激しい怒りの感情の存在を知ることができました。その上で、『もう過去に縛られて生きるのはやめよう!』と思えて、心がスッキリと前向きになるのを感じ、初めて『自由』を体感することができたのです」