性被害を家族から責められ、二重に尊厳を傷つけられた

レイプがきっかけでパンパンになったという女性たちの証言からは、性被害を受けたことを家族に明かしても女性に落ち度があったように捉えられ、怒られたり不仲になったりして家に居づらくなってしまったことがわかる。レイプを受けたうえ、周囲からとがめられた女性たちは、二重の意味で尊厳を深く傷つけられたに違いない。

床に座って顔を覆う女性
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前述の心理分析を踏まえれば、「自分には価値がない」と思い詰めて自尊心が低下し、自暴自棄になった末に居場所がなくなり、結果として自身では望んでいなかった娼婦へと転身することは充分ありえるだろうと考える。彼女たちは自分たちの心理状況や娼婦になった理由を詳しく説明していないが、たとえば「やけくそ」という短い言葉にも、心の奥底に深い苦しみが込められていることに思いを巡らせる必要があるだろう。

『街娼』では約200人の面会調査から、経済的な理由から街娼になった女性が多いと指摘しているが、手記や証言を残した89人のなかでも、「家族を養うため」「生活のため」といった経済的理由と読み取れる事情を挙げる人は少なくとも35人と約4割いた。お金が必要になった事情として目につくのは、父母など家族を亡くしたことで、89人中27人が該当し、うち少なくとも10人が戦死や戦災死が原因だった。

戦争で困窮し仕方なく身を売った女性と、興味本位の女性

主に家計を担う家族を失うことは、経済的困窮に直結し、親が再婚して義父母ができたり、養女に出されたりと生育環境に大きな変化を生みやすい。戦争で親を亡くすのは当時としては珍しいことではなく、女性たちの生き様に戦争が大きな影を落としていたことは間違いないだろう。

「パンパン」となった結果、妊娠する女性も現れた。89人中、占領兵との交際で妊娠した人は少なくとも6人おり、3人が出産していた。残り3人は流産、死産を経験した。女性たちが妊娠を望んでいたかどうかはわからない。戦後の混乱期、1人で生きていくだけでも大変なのに、子どもを産み育てることは相当の困難をともなっただろうが、占領兵の子どもという理由で家族の支援を得られないケースもあった。

一方で、89人中7人と少数ではあるが、興味やあこがれを抱いてパンパンになったという人もいた。

日々相手を変える「バタフライ」をしているEさん(26歳)はこう明かす。以下の証言はいずれも『街娼 実態とその手記』による。

〈『借金があるから止めるに止められぬ』と云ふのは口実で、収入が多いからと面白いから止めないのです。(中略)あの夜の仕事は楽しくてやめられません、性病の恐ろしい事は知ってはいますが、快感の方が強い力を持ってゐます〉