朝鮮王朝の「宦官」は長生きだった
韓国の仁荷大学の研究グループは、宦官制度を取り入れていた朝鮮王朝の記録を調査し、朝鮮王朝時代の宦官の寿命を調べました。この歴史的資料は「養世系譜」とよばれ、世界で唯一現存する宦官の家系図が記されたものです。
朝鮮王朝においては、宦官は去勢を施されているため、生物学上の自身の子をもつことはありませんでした。しかし、当時の朝鮮王朝では、結婚し養子をもつことが認められていました。
「養世系譜」には385人の宦官についての記録があります。その中から、誕生と死亡の年代が明確に記録されており、かつ少年期に去勢した宦官81名を選び出し、その死亡年齢を調べました。
なぜ幼少期に去勢した宦官を選んだかといいますと、本来ならば思春期に多く分泌されるはずの男性ホルモンの影響を受けずに成長したと考えられるからです。
一方で、大人になってから去勢をした場合は、男性ホルモンの影響をすでに受けているからです。さらに、去勢を受けていない比較対照群として、宦官と同等の地位にあった3つの家系の貴族の家系図から、男性の死亡年齢を調べました。
宦官でない3家系の貴族男性では、平均死亡年齢の幅は51~56歳となりました。一方で、宦官の平均死亡年齢は70歳で、宦官でない男性の寿命よりも14~19年長いことがわかったのです。
さらに、調査対象となった81人の宦官のうち、100歳以上生きた人が3人もいました(100歳、101歳、109歳)。
宦官でない男性の平均死亡年齢が示しているように、当時の貴族の男性の平均寿命は50歳程度と予想されます。さらに、王の平均寿命は45歳、王族男性は47歳であったことから、宦官がいかに長生きであったかがわかります。
「男性ホルモンが寿命を縮める」とは言えない理由
ちなみに、現在の長寿大国日本では「人生100年時代」といわれており、2023年9月時点で、100歳を超える高齢者は9万2139人。これは、およそ1350人に1人の割合です。しかも、100歳を超える高齢者の89%は女性なのです。
ただし、この報告から「男性ホルモンが男性の寿命を縮めている!」と結論づけることはできません。この調査結果は、宦官が長生きであったことを示してはいますが、男性ホルモンとの因果関係を科学的に明らかにしたわけではないからです。
前節でご紹介した去勢したラットやイヌの研究報告からも、男性ホルモンが男性の寿命に何らかの影響をもたらしている可能性は考えられます。
しかし、寿命に影響するのは男性ホルモン以外の要因、例えば宦官の食生活や生活習慣が長寿に貢献した、なども考えられます。
さらに、男性ホルモンは男性にとって本来は必要なものですので、これが減少することによる別の影響も考慮する必要があります。先にお話ししたように、この研究では、男性ホルモンを多く分泌する思春期を迎える前に去勢手術を行った宦官を調査対象としています。
一般的な男性は、分泌された男性ホルモンを利用して生きているため、更年期を迎えて男性ホルモンの分泌が減少すると、興味や意欲の喪失、集中力や記憶力の低下、筋力や骨が弱くなるなどの男性更年期障害が生じることが知られています。
さらに男性ホルモンには、突然死の主原因である不整脈を抑える働きなどもあり、安易に男性ホルモンを悪者とすることは避けるべきです。