私は母を捨てたい

かつて未成年で無力な私にとっては、『日本一醜い親への手紙』がバイブルだった。たった一冊の本が、私の命綱だった。あれから何十年も経つのに、死までのラストスパートで、多くの人が毒親と直面して苦しんでいる。そんな人が世の中に何万人いるのだろうと想像して身震いがした。

私の役目は、なんとしてでもこうした社会と戦うことなのではないだろうか。無邪気に正しさを押しつける社会に抗うことなのではないだろうか。社会の水面下に押しやられている目に見えない苦しみを、明らかにすることなのではないか。そうして私なりの解決策を、社会に示すことなのではないか。それは当事者で、さらに取材者として、さまざまな世界を横断してきた私だからできることかもしれない。

私は取材を重ねるうちに、本音と向き合えるようになっていった。

なぜここまで私は、親問題にこだわり続けるのか。「私は母から自由になりたい。母を捨てたいのだ――」と。ずっとその感情を押し殺してきたのだ、と。それが叶わない社会だから、どうしようもなくつらいのだ、と。

それからというもの、親を捨てる方法をずっと考えていた。母から自由になるには、いったいどうすればいいのだろう。

そんな中で私が目をつけたのが「終活関係者」だ。運のいいことに、孤独死の取材をはじめてから、葬儀社や事故物件不動産屋などの、いわゆる「終活関係者」と会う機会が多くなっていた。彼らの中には、「おひとり様」の高齢者のサポートをビジネス展開しようと仕掛けている、ベンチャー精神のある人たちがいる。その中に、何か大きなヒントがある気がした。

なんとか、ここに突破口はないものか。

「家族代行ビジネス」との出合い

「家族代行業」を請け負っている一般社団法人LMNの遠藤英樹さんと出会ったのは、事故物件の取材をはじめた頃だ。家族代行業とは、親やきょうだいと当事者との間に入り、家族の手足となってサービスを請け負っている民間業者だ。その範囲も「介護から納骨まで」と幅広い。

高齢の母親の世話をする女性
写真=iStock.com/kyonntra
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終活関係者には、家族愛について当たり前のように熱弁を振るう人たちも多い。しかし、遠藤さんは彼らとはまったく違い、どこか冷めた目をしていた。そして決まりきった倫理観を押しつけない雰囲気が、やけに印象に残った。何よりもそんな遠藤さんといると、なぜだか気が楽だった。

私は遠藤さんの「家族代行業」に興味を持ち、彼と行動を共にするかたちで取材を重ねた。

遠藤さんから聞いて驚いたのは、終活サポートに申し込むのは、本人ではない点だ。このサービスの依頼主は、「おひとり様」である高齢者本人ではなく、その家族なのだ。つまり端的に言うと、「お荷物」になった高齢者の面倒を見てほしいというものである。しかし、それぞれのケースにそれなりの事情があった。