日体大ラグビー部再建に早稲田、慶應、東大OBが手を差し伸べた

その勝利の追及は日体大も変わらないはず。しかし、今の日体大のラグビー部員にそうした熱い気持ちはあるのか。屈辱の2部落ちをした1年前(2022年シーズン)、部員に聞くと「楽しくないです。下部落ちで雰囲気も悪い」と話した。日体ラグビーは明らかに苦境に立っていた。伝統あるチームは崩壊寸前だった。

ちょうどその頃、学内人事異動でラグビー部長が変わるタイミングで松瀬に白羽の矢が立った。

入れ替え戦vs成蹊大あとの懇親会にて
撮影=矢部雅彦
入れ替え戦vs成蹊大あとの懇親会にて

「ラグビーが好きなら受けてくれないか」

クラブを統括する学友会(体育会)の会長の依頼だった。しかし一方では“松瀬さん、大変だから引き受けないほうがいい”という声も何人かの部長仲間から届いていた。多くの人がチーム再建は困難という見方だったわけだ。

「まさに青天の霹靂でした。2度、お断りしました。それまでは日体大のラグビーとは距離を置いていましたから」

日体大の部長の仕事は渉外対応、リクルーティング、予算の執行、学生の就職のフォローなど多岐にわたっていて、しかもボランティアだ。はたから見ても、それは明らかに雑務であり激務である。日常の教授としての研究や講義の準備の時間も削られるし、ジャーナリスト活動もわきに追いやられる。

帝京大の岩出雅之総監督、関東学院大の春口廣元監督ら著名な日体大OBに相談した。

「松瀬さんだからこそ、やってくれ。ジャーナリストでいろんなシーンを見てるだろうし、多くの人とのつながりもあるだろうし。そんな経験が生きる。再建をするのには向いていると思いますよ」

ラグビー界の大先輩らはそう言って手を差し伸べた。早稲田のラグビー部OB会長、豊山京一にもざっくばらんに電話をかけた。

「そりゃ、受けたほうがいいよ。ラグビー界のために松が頑張るのは早稲田にとっても名誉なこと。やったらいいんじゃないの」

同郷の先輩にも背中を力強く押され受ける決断をした。学生時代に散々タックルを見舞ってきたライバルチームの責任者に就く。伝統校のOBが別の伝統チームの部長になるということは大学ラグビー界ではふつうはありえない話だ。

日体大関係者もすんなり受け入れられることではなかったのだろう。ある時、年輩の日体大のOBが部長室に来て言った。

「松瀬部長は日体のこと知ってますか」

現役時代、試合はしたがそれ以外は知る由もない。

「知らないなら黙って1、2年、観察してください」

余計なことを何もしないでくれということだろう。だが、3年もしたら教授の定年になる。たとえその間、現状維持だったとしてもそれは後退を意味する。それがスポーツの世界というものだ。このチームで何もしなければ、さらに沈んでいくだけだろう。

早稲田のOBに任せなきゃいけないなんて……という長老OBの嘆きは理解できる。しかし、とにかくできることから手を付けた。

「部長のミッションの根本は安心安全な活動環境作りですよね。学生たちのウェル・ビーイング。心身の健康ですよ。ここの改善に徹しようと」

現場の技術指導は監督、コーチに任せて環境改善をやる、と心に決めた。学生のウェル・ビーイングのための優先順位、初夏にまず取りかかったのは寮のリフォームだ。

狭くて古い建物全体の壁の塗り替えをするなど共有部分をきれいにした。高校生が進学先の候補として見に来ても、親がちょっと、ここでは、と敬遠する人もいたらしい。そんな寮はスポーツ以前の問題だ。大家にも賛同をもらってお金をかけて、4人部屋20室、住みやすいきれいな寮にした。