この話を聞いて、身につまされた人はきっと少なくないでしょう。もしかしたら、あなたもそうかもしれませんね。
田中さんは「賃金を10年近く据え置かれたままだ」と告白しましたが、実は10年どころか、この30年間、日本企業で働く社員の平均賃金はほとんど上がっていません。
それどころか「賃金が上がらないのは会社に貢献できていないからだ」と言わんばかりの巧妙な人事考課と賃金制度によって、社員の賃金を減らしてきた企業も少なくありません。頑張っても報いてくれない会社に対して、モヤモヤした気持ちを抱いている社員は多数派だと言っていいでしょう。
30年間上がらない賃金
本稿ではまず日本の「安い賃金」に焦点を当て、社員のやる気が失われていった理由を浮き彫りにしたいと思います。
30年にわたって据え置かれてきた日本の賃金水準は今や先進国で最下位の水準に落ち込んでいます。
図4のグラフをご覧ください。
OECD(経済協力開発機構)加盟国38カ国の2022年の平均賃金を比較したグラフです。金額はドルに換算されています。
それによれば日本の平均賃金は4万1509ドルで、38カ国中25位にとどまり、アメリカ(7万7463ドル)の半分強(53.6%)の水準に過ぎません。
OECD加盟国平均の5万3416ドルや、ドイツ(5万8940ドル)、フランス(5万2764ドル)、イギリス(5万3985ドル)などヨーロッパ諸国と比べてもかなり低く、韓国の4万8922ドルをも下回っています。
日本より賃金が低い国はポーランドやハンガリー、チリなど経済的に低迷している国が中心です。
ちなみにOECDは、世界経済や各国経済の現状を分析し課題を協議するため、先進国主導で設立されました。加盟国は日本を含めて38カ国です。世界経済や各国経済に関する膨大な統計を調査・発表しており、統計の信頼性や網羅性の高さから「世界最大のシンクタンク(調査機関)」とも呼ばれています。
欧米人にとって「iPhone」は高くない
平均賃金が先進国で最下位に落ち込んでしまった結果、欧米の人たちには値ごろ感のある商品が私たち日本人にとっては高額品になってしまいました。
iPhone(アイフォーン)はその代表でしょう。
アメリカのアップルが2023年9月に発売したアイフォーン15の日本での販売価格は、廉価機種が12万4800円で最上位機種が24万9800円でした。この値付けに対して大多数の日本人は「最上位機種とはいえスマホが約25万円もするのは高すぎる」と思ったでしょう。私も「高いな」と思いました。
日本人の2021年の平均月収は、月曜日から金曜日までフルタイムで働く人で残業代も含めて33万4800円でした(厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」による)。アイフォーンの最上位機種の価格はその7割にも達します。高額に思えるのは当然でしょう。
しかし平均的な収入を得ているアメリカ人にとっては決して高すぎる価格ではありません。最上位機種の価格は月収の3割程度なので、平均的な日本人が12万4800円の廉価機種を買うのと負担感はあまり変わらないのです。