初心に帰り、尊敬すべき人を尊敬する

尊敬すべき人を尊敬する。これも大事なことです。

60歳を過ぎると、もう人生のベテランの領域です。今さら尊敬したくなる人なんているだろうか? 尊敬なんて気恥ずかしい。そんな風に感じる人も多いかもしれません。

60歳はたしかにベテランですが、同時に干支が一周りして、元に戻る年でもある。生まれた干支に戻り、初心に帰る年でもあります。

若い頃の自分に戻った気持ちで、尊敬する人を見つけてみたらいかがでしょうか?

過去の偉人や、若い人でもかまわない

あの人はダメだ、この人もダメだと言っているとだんだん心が苦しくなりますが、この人は尊敬できると素直に思える心は、とても穏やかで澄み切っていて、いい状態だと思います。

齋藤孝『60歳からのブッダの言葉』(秀和システム)
齋藤孝『60歳からのブッダの言葉』(秀和システム)

考えてみたら、子どもの頃はいろんなものに憧れましたね。テレビに出てくるヒーローはもちろん、親戚のお兄ちゃんやお姉ちゃん、近所のおじさんまで、すぐに憧れてその人を目で追ったりしていました。だから子供の目はいつもキラキラと輝いているのでしょう。

還暦で環境が変わるタイミングこそ、そんなキラキラとした心を取り戻すチャンスかもしれません。

それでも、どうしても周りに尊敬できる人がいなければ、どうしたらいいか?

心配は無用です。過去の先人たちに、いくらでも尊敬すべき人を求めることができるからです。

たとえば葛飾北斎の絵が好きで、高齢になっても芸術の道を突き進んだ一途な生き方を尊敬できるとすると、絵を観ているだけで自分の中にエネルギーが湧いてくる。気持ちが自然に洗われて前向きになります。

ゴッホっていいなと思う。生前はちっとも売れなかったけれど、ひたむきに真摯しんしに自分の芸術を追い求めた。真似はできないけど、何かを学びたい。すると絵を観るだけで気持ちが高まります。

モーツァルトやシューベルトのように30代そこそこで亡くなったにもかかわらず、あれだけの膨大な名曲を残した。ベートーヴェンに至っては音楽家にとって命である聴覚を失ったのに、交響曲第9番のような人類史に残る人生讃歌を生み出しています。

ゲーテやドストエフスキーの文章を読むと、そこかしこに天才の輝きと、生きる知恵が散りばめられています。

そういう古典的作品に触れ、作者とその作品を師として学び尊敬する。人生の大先輩、偉大な才能ですから、目の肥えた60代が心酔しファンになったって誰もおかしいとは思いません。

先人を尊敬し私淑することで、彼らの輝きを自分のものにする。そんな時間があれば、初老性うつや「キレる老人」とは、自然と無縁になるはずです。

もう一つおすすめは、自分より若い人に尊敬の念を持つことです。将棋の藤井聡太さんは、将棋界の先輩たちからリスペクトされています。人間性と実力をあわせ持つ若い人たちをリスペクトすることで、心がやわらかくなります。

齋藤 孝(さいとう・たかし)
明治大学文学部教授

1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。ベストセラー作家、文化人として多くのメディアに登場。著書に『孤独を生きる』(PHP新書)、『50歳からの孤独入門』(朝日新書)、『孤独のチカラ』(新潮文庫)、『友だちってひつようなの?』(PHP研究所)、『友だちって何だろう?』(誠文堂新光社)、『リア王症候群にならない 脱!不機嫌オヤジ』(徳間書店)等がある。著書発行部数は1000万部を超える。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導を務める。