みんなが気になる謎を「開けない」状態にしておく手法
しかし、たったひとつの巨大な謎だけを推進力にしようとするのは心許ない。実際、『ツイン・ピークス』も、ローラ・パーマー殺しの犯人がわかってしまった後は、視聴率が急降下したことで知られている。
開かない箱を用意すれば、人々は関心をその謎に集中させ、開けてみたいと考えるようになり、自然と物語に巻き込まれていく。しかし、箱を開けてしまえば人々は物語への興味を急速に失う。
この問題に対して、物語作者やその他の共同体は様々な回答を用意してきた。ソクラテスがそうであるように、「箱を開けない/開けられない」状態にしておくというのがそのひとつであるように思う。フィクションでいえば、J. J. エイブラムスが製作総指揮や脚本を務めた『LOST』(2004~2010)や『FRINGE/フリンジ』(2008~2013)といったTVシリーズは、「開かない箱を開けない」という路線を選んでいる。
海外ドラマのヒット作に通じる『【推しの子】』の仕掛け
さらに、先にあげた海外ドラマの『LOST』、あるいはNetflixで配信されている『ストレンジャー・シングス 未知の世界』(2016~)がそうであるように、無数の不可解でオカルト的な謎を散りばめ、それぞれに適度な情報を提供しつつ、疑問が氷解するほどには明らかにしないという路線をとることもできる。「謎が謎を呼ぶ」という言葉があるように、一つの謎に様々な謎を紐づけることで、いくつかの「開かない箱」に視聴者の目を分散させるというやり方だ。
つまり、視聴者が一番気にしている「不在の中心」を核心に置きつつも、物語がその謎だけに依存しないように、いろいろな謎が随所に散りばめられているのだ。物語が軌道に乗り始めたら、視聴者がいろいろな事柄に興味を惹かれるようにしておき、興味の依存先が唯一の対象に絞られないようにすること。「不在の中心」構造を用いた物語が、しばしば群像劇のスタイルをとるのは、こうした事情から関心の宛先を多重化したいという背景があると捉えられる。