脳は「比較」によって物事を認知しやすくなる

それは「比較対象」ができたためです。275ドルのホームベーカリーだけがあるときには、275ドルが高いか安いのか判断がつきません。3万円を超えると言われると、「パンなら一個数ドルでどこでも売っているし、わざわざ必要ないかな……」と尻込みをしてしまうのもうなずけます。

そこで、「おとり」として、より高いホームベーカリーをあえて一緒に並べたのです。隣に415ドルもするホームベーカリーがあることで、もともとのホームベーカリーが安く感じられます。

行動経済学的に言うと脳は「比較」によって、物事を認知しやすくなります。アップルなども、この「おとり効果」を巧みに利用した販売の仕方を取っています。

米国ペンシルベニア州アードモア。アップルストアの前で待っている人々
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アップルは1種類のiPhoneだけを見せたりはせず、ストレージが違うiPhoneをあえて並べて、落とし所を考えているように感じます。この原稿を書いている時点での最新機種はiPhone14ですが、日本だと128GBが11万9800円、256GBが13万4800円、512GBが16万4800円となっています。

「一番容量の少ない128GBでは足りないかもしれない。だけど、512GBは多すぎて使わないだろう」

こう考えた消費者は、無難に真ん中の256GBを買おうとなり、もしもアップルが売りたいモデルが256GBであれば、おとり効果は見事に成功したことになります。こうした例からわかる通り、あえて無駄にも思える比較対象を作るということも大事なのです。

もう一つ知っておきたい「アンカリング効果」とは

先ほど、ウイリアムズ・ソノマやiPhoneの販売戦略は、選びそうにないものを混ぜることで、意図したものを選ばせる、「おとり効果」だとお伝えしました。

これと似て非なる行動経済学の理論が「アンカリング効果」です。例えば、「999ドルのiPhoneXを見た後に、549ドルのiPhone7が(高いのにもかかわらず)安く感じる」というケースがそれにあたります。つまりアンカリング効果とは、「最初に提示された数値などが基準になり、その後に続くものに対する判断が非合理に歪んでいく」理論です。