ストーカー妄想に取りつかれた50代専業主婦

その上品な振る舞いの女性は、夫と娘につきそわれて精神科の外来を受診した。橋本美佐子さん(仮名)は50代後半の専業主婦である。近県で生まれ育ち、短大を卒業後、数年間総合商社のOLとして働いたが、あるアパレル会社の後継者の男性と結婚してからは、仕事はやめて経済的にも家庭的にも不自由なく暮らしていた。

彼女の夫は父親の跡を継いで社長に就任して堅実な経営を続け、会社の業績も順調だった。橋本さんは3人の子供にも恵まれ、プチセレブの社長夫人であった。

病院での橋本さんの訴えは、「しつこいストーカーにつけられて困っている」というものだった。彼女の話では、インターネット上のトラブルをきっかけとして、見ず知らずの男性数人からストーカー行為を受けるようになったという。彼女はこのストーカーの存在を確信していた。

橋本さんによれば、道で後をつけられたり、つばを吐きかけられたりすることもあり、ストーカーの行動がエスカレートしつつあるという。自分としては、夫も共謀していると疑っているが、家族は自分の話を信用しないばかりか、病気ではないかと決め付けているというのだった。

暗い通路に立つストーカー
写真=iStock.com/innovatedcaptures
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彼女にきっかけとなったインターネット上のトラブルについて尋ねたが、それについては詳しく話せないと口をつぐんでしまった。一方で、ストーカーについては、橋本さんは饒舌だった。

ストーカーはあらゆるところで自分をつけ回している、集団で嫌がらせをしてくる、待ち伏せして道でぶつかってくる、ネットのBBSに誹謗ひぼう中傷の書き込みをされたこともあるという。彼女はバスの中で「因縁をつけられた」と感じて、警察に相談に行ったこともあった。

妻の実家を「格下」呼ばわりする夫

夫によれば、1~2年前より、橋本さんの様子は不安定になった。はっきりしたきっかけは思い当たらないが、妻の実家は自分の家より「格下」であったため、これまでずっとプレッシャーを感じていたのが原因かもしれないと言う。

ある時急に橋本さんは、「電車の中でだれかが自分のことをじろじろと見ていた」と言い出した。夫はそれは勘違いではないかというと激しく怒り出した。娘は自分の味方と思っているようで、昼でも夜でもひんぱんに娘に長電話をしてきて、娘も仕事をしているので困りはてていた。