※本稿は、岩波明『精神医療の現実』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
人生経験=教養深くなるわけではない
先人の言葉を信じれば、年齢を重ねて人生経験を積むことによって、男性でも女性でも、知恵が深まりバランスのとれた判断ができるようになるはずであるが、世の中を見渡しても、これとは逆な現象が多い。大学教授や大病院の院長を務めた医師が、教養深くバランスのとれた「大人物」かというと、むしろ多くは、修羅場をかいくぐってきた「喰えない」輩か、毒にも薬にもならないイエスマンが多い。
最近、ある病院の医局長をしている知人から相談を受けた。話を聞くと、その病院の元院長が、自分の子飼いのA医師を無理やり管理職に押し込もうとして困っているという。A医師は過去にその病院とトラブルを起こした曰くつきの人物であることに加えて、専門領域も異なっているにもかかわらず、元院長は無理強いしているらしい。
感情的な大爆発を起こす中高年の妻たち
このような老人の「傲慢さ」は、男性の場合は、人事のごり押しや無謀な事業計画となることがあるが、高齢の女性たち、特に妻たちの場合はどうであろうか。彼女たちのテリトリーは多くの場合は家庭であるため、家庭や家族が中心的なテーマとなる。中高年の妻たちは、ときに、感情的な大爆発を起こすことがある。その暴発は若年者よりも激しく、妙に粘っこく説得力を持っている。
彼女たちの攻撃の対象となるのは、ほとんどの場合夫や周囲の男性で、時にその攻撃は妄想と呼べるほど過剰にもなる。そうした妄想の多くは被害妄想か、性に関連した嫉妬妄想である。ここではストーカーと夫に関する妄想にとりつかれた社長夫人のことを記したい。