入院患者の多くが統合失調症

精神病院の入院患者は、多くが統合失調症である。この統合失調症という病名は、精神科患者の家族会などの依頼によって精神分裂病という病名が変更されたものである。

岩波明『精神医療の現実』(KADOKAWA)
岩波明『精神医療の現実』(KADOKAWA)

当初、日本精神神経学会の委員会では、名称案として「統合失調症」「クレペリン・ブロイラー症候群」「スキゾフレニア」と三つの候補がでたが、統合失調症に決定されたといういきさつがある。確かに、精神分裂病という単語は重い響きがある。不治の病としか思えない。もっとも精神分裂病という病名が使用される以前は、「早発性痴呆」というさらに悲惨な響きを持つ用語が使用されていた。

統合失調症でひんぱんにみられる症状は、幻聴と被害妄想である。わが国第一の文豪である夏目漱石は精神疾患に罹患りかんしていて、彼には統合失調症に似た症状がしばしばみられていた。漱石の病相期には、幻覚や被害妄想が顕著に出現していた。幸いなことに、彼の疾患は周期性であり、軽快期には病的な体験はほぼ消え、そのため各種の名作が生まれた。漱石の作品には、次のような幻聴を思わせる表現が頻出している。

すると又垣根のそばで三四人が「ワハハハハハ」と云う声がする。一人が「高慢ちきな唐変木だ」と云うと一人が「もっと大きな家へ這入りてえだろう」と云う。又一人が「御気の毒だが、いくら威張ったって蔭弁慶だ」と大きな声をする。……吾輩は主人のあとを付けて垣の崩れから往来へ出て見たら、真中に主人が手持無沙汰にステッキを突いて立って居る。人通りは一人もない、一寸狐に抓まれた体である。(『吾輩は猫である』)

統合失調症の原因はいまだ不明

現在のところ、統合失調症の原因は、はっきりと特定できていない。この疾患の治療における大きな問題は、統合失調症の患者がなかなか病識(自分が病気であるという認識)を持てない点である。このため治療が奏功して安定した状態が持続している場合でも、服薬をやめてしまい再発に至ることがひんぱんにみられる。

明るい日差しの入る部屋で、枕を抱いてベッドの上で顔を伏せている女性
写真=iStock.com/Arturo Peña Romano Medina
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はたして統合失調症の原因は何なのだろうか。近年さかんに分子生物学的研究が行われているが、明らかな結果は得られていない。これは統合失調症の発症と関連する遺伝子が発見されていないということではなく、関連する遺伝子が研究によっては100種類、ときには200種類と多すぎて収拾がつかないのである。しかしこのことは、「精神病の忌まわしい遺伝」というものが存在しているということではなく、だれでもいつでも統合失調症に罹患する可能性があることを示しているように思える。

岩波 明(いわなみ・あきら)
精神科医、昭和大学附属烏山病院院長

1959(昭和34)年、神奈川県生まれ。東京大学医学部医学科卒。医学博士。発達障害の臨床、精神疾患の認知機能の研究などに従事。都立松沢病院、東大病院精神科などを経て、2012年より昭和大学医学部精神医学講座主任教授、2015年より昭和大学附属烏山病院長を兼務。著書に『発達障害』(文春新書)、『医者も親も気づかない 女子の発達障害』(青春新書)、『誤解だらけの発達障害』(宝島社新書)など多数。