ふらんす亭が突然黒字になったわけ
郊外のロードサイド沿いの撤退店舗を居抜きで再生するエムグラントフードサービスの勢いが止まらない。この4月には、業績悪化で年間2億円の赤字を垂れ流し続けたレストランチェーン「ふらんす亭」の再建を請け負い、たった3カ月で単月黒字化を達成した。まさに魔法のようだ。
社長の井戸実は「ふらんす亭の店舗スタッフがどんな動きをしているかをジッと観察していると、午後の暇な時間に、アルバイトに接客を任せて、店長はパソコンをカチャカチャやっていたんです。あ、これなら簡単に再建できると思いましたね」と話す。
ランチからディナーまでのアイドリングタイムとも呼ぶべき時間帯を店長一人で接客、調理、配膳、レジをさせた。これだけで、「ふらんす亭」は一気に黒字になった。
「我々も体力のある会社ではないですから、1年間赤字のままなんていうわけにはいきません。まず、短期の目標を設定して、徹底したローコストオペレーションで実現する。たとえ1円でも黒字になればいいんです。もう何年も赤字続きで負け犬だったスタッフに成功体験をしてもらい、それを自信に変えていけば、次にもうちょっと高い目標を設定できる」と強気だ。
会社を設立してから、わずか4年。だが、ステーキ・ハンバーグと食べ放題のサラダバーを売り物にする「けん」を主力とした店舗は、すでに80を超える。右肩上がりの売上高は、10年度で140億円に達した。
怒られているうちはまだいい……
井戸の経営から感じられるのは、すさまじいまでの“疾走感”である。それは出店の仕方にもよく表れている。居抜きの物件を押さえると、1週間でも早い新規開店をめざし、急ピッチで準備を進める。なぜなら、買ったその日から賃貸料などのコストが発生するからだ。現場では、井戸のチェックとアドバイスが飛ぶ。おそらく社員は、そのスピードに合わせるだけでも大変なはずだ。
井戸は、店でよく怒ることがあるという。灰皿や箸入れが、明らかに作業しづらい場所に置いてあったりしたら、その場で「何でここにあるの?」と聞く。そこで返ってきた答えが「前任者がそうしていました」などという、自分の考えがない中途半端なものならキレる。絶対に許さない。
だが、井戸に怒られているうちはまだいい。彼の究極の仕打ちは無視することだ。そのことは社員にも伝えている。まだまだ若い会社である。人を育てるには、その人に合った方法を使い分けるということなのだろう。
歴史が好きな井戸は「僕は『三国志』が好きなんですが、諸葛孔明ですら、致命的な作戦ミスをした部下である馬謖(ばしょく)を泣いて処断しなければならない場面もあります。しかし、苦楽をともにした関羽と張飛はいくら泣いたって斬れませんよ」と、幹部社員への思いやりものぞかせる。
つい最近の出来事だ。創業以来のメンバーである年上のナンバーツーに、これ以上はないような厳しい姿勢で臨んだ。井戸とともに全速力で走ってきて、会社も大きくなり、マスコミにもたびたび取り上げられるようになった。ホッとして気が抜けると同時に、慢心が頭をもたげてしまったとしても無理からぬことかもしれない。
「権力と地位にあぐらをかいてしまったというんでしょうか……。夕方6時頃に電話をすると、もう店にいないんですよ。『おかしいな』と思い、7時過ぎにもう一度コールしてみたら、なんと自宅にいる。いままでなら、絶対にありえないことでした」
およそ半年間、彼の処遇に悩んだ井戸は、職責と報酬はそのままだったが、新業態で展開するトンカツの店の現場へ行かせたのである。ユニホームを着て、フロアで接客する、文字どおり“一兵卒”としての仕事だ。
その彼は見事に井戸の親心に応えてみせた。新店舗立ち上げの中心となって、運営を軌道に乗せるところまで持ってきたという。もともと実力はあったのだが、一回り、二回り大きくなったと井戸は思っている。それは同時に、経営者としての成長にほかならない。
井戸はいま、会社設立10年目での売上高1000億円をめざしている。おそらく、外食業界でも異例の速さということになるだろう。それだけに、これからは社員の成長が経営上の重要なテーマになってくる。
「社員はみんな、僕に本気で叱られているのに喜ぶんですよ。育ってほしいという気持ちが伝わるのでしょうね」
人間関係が希薄になる時代にあって、実は部下は叱られることに飢えている。企業のV字回復の陰に、濃密なコミュニケーションがあった。
(文中敬称略)
※すべて雑誌掲載当時