「見る」ことで親子関係は改善する
――プログラムで、虐待をする親が変わるのでしょうか?
【宮口】はい、一番大事なことは、「見る」ことができるようになることです。子どものことも、自分のことも見る。これが安心基地づくりの始まり、親が変わるきっかけになります。
たとえば、あるお母さんは久しぶりに会った子どもに声をかけたのに、反応が乏しい様子を見て、子どもが緊張していることを理解できず、「無視された」と激高してしまいました。
この親御さんの成育歴をふりかえっていくと、親からネグレクトされており、「無視」が子ども時代の恐怖を呼び起こすトリガーの可能性も推測されました。この時の怒りは、親が子どもを恐れているサインなのです。
ファシリテーターは、このような親の行動の背後にある不安や恐れに意識を向けます。「子どもに無視されてつらかったね」と、親の気持ちに寄り添っていきます。すると親は少しずつ自分の「苦痛」に気づき、それを見つめられるようになります。その感情に圧倒されずに、持ちこたえることができるようになっていくのです。誰かに自身の感情を分かってもらって初めて、子どもにも寄り添えるようになるのだと感じます。
「反応が乏しかったのは、緊張していたんだな」
「泣いていたのは、私を困らせるためでなく、不安を受け止めてほしかったんだな」
こういった言葉が出てくると、私たちは親が子どものサインに気づいたことが分かります。
子どものサインに気づけること、それが何より大切な変化です。
「安心基地」は児童相談所の職員にも必要
――虐待防止のために必要なのは、気持ちに寄り添ってくれる「安心基地」の存在なんですね。
【宮口】はい、そうです。この安心基地は、誰にでも必要です。親子はもちろん、親子を支える人たち、児童相談所の職員にも必要なのです。
さきほどお話したように、何かミスがあると児童相談所にはものすごい数のクレームや社会からのバッシングがあります。そのため児童相談所は「もう二度とミスは許されない」とリスクマネジメントばかりに時間が割くようになってしまいました。目の前の親子にゆっくり向き合う時間が取れず、また、何かトラブルがあっても相談しにくくなって、孤立化していきます。すると専門家として適切な判断もできなくなっていきます。
実際、イギリスの児童福祉学者のムンロー氏は、虐待死事件が起こったあと、児童保護機関がリスクを恐れるあまり、組織が硬直化し、従来のソーシャルワーク機能が低下したことを理論的に検証しています。