人生は選択の連続だけれど、大事なのは自分の意志
★「え」=選ばせてもらいたい
これは、自分がやりたいことというのは実は全部自分の意志で設計していくのだと気がついた結果です。
先にも述べましたが、人生は「選択」の連続なのです。
これか、あれか。あっちか、こっちか。どちらを選ぶかによって、人生は大きく変わっていきます。もちろん、不幸な星の下に生まれて、環境を選ぶこともできない運命というのもありますけれど、それでも「親が決めたから」とか、「夫が決めたから」とか、結果で判断しても何の意味もありません。
誰かに強制されたのでもない、誰かに忖度したからでもない。自分の意志で、何を、どう選んできたか、すべての結果としての人生は自分がつくり上げているのです。
どんな小さなことでも、やるかやらないかを決めるのは自分。自分の人生の中の選択は、自分で決める自由が大切だからこそ、政治に関心を持つこともとても大切なのです。
男であろうが女であろうが、一人前の大人なら当たり前のこと。もちろん、責任を負うことになるのは言うまでもありませんが、それが結果なのだと思います。
そして、「この選択は自分の意志である」という確信があれば、おそらく「後悔」の二文字とは無縁で生きられるのではないか。もし「後悔」があったとしても、その意味や質は、誰かに言われてやったのとは全然違ってくることでしょう。
また私の身近でも、何もかも人のせいにする人がいますが、そういう人を見ていると、たいていの場合、幸せそうに見えません。何かをやるにしても、やめるにしても、その選択は自分の意志だということ。「幸福の原則」として、そこが一番肝心なところだと思っています。
高価で贅沢なものを食べることが「幸せ」ではない
幸せを導く「あいうえお」の法則、最後の「お」の項目。
★「お」=おいしいものが食べたい
こんな単純な言葉が「あいうえお」の法則の最後に入ったのは、それなりの理由があります。
「おいしいものが食べたい」は、元気の大もとです。元気でなかったらおいしいと感じられないし、第一、食べたいという気も起きないでしょう。
ただ、「おいしいもの」というのは、贅沢なものとか、高価なものというわけではないし、かといって味付けだけでもない。自分がそのときに食べておいしいと感じるものが一番おいしいものです。
またこれも、「うれしいことがしたい」と同じように、どんなにおいしいものでも、一人で食べてはおいしくありません。親しい仲間や家族と一緒にワイワイと楽しく食べてこそおいしいのですから、日頃からそんな環境をつくっておけるかが、大切なポイントだと思います。
それとは別に、「人生の最後にこれ一食しか食べられないとしたら、何を選びますか?」という質問がよくありますが、ほとんどの方はそう聞かれて初めて、自分にとって本当においしいものとは何かを考えるのではないでしょうか。