「事故の理不尽さを伝えたい」報道の理屈が通じない
近年、多数の人が犠牲になる事件や事故にまつわる報道で、メディアが死者の「プライバシー」を報道することの是非は2016年の軽井沢のバス転落事故から2019年の川崎市のスクールバスを待っていた児童の殺傷事件、京都アニメーションの放火殺人事件に至るまで繰り返し議論になってきた。
亡くなった人が抱いていた夢や将来の希望などが記事になり、無差別殺人など事件が理不尽なものであればあるほど、また被害者が若ければ若いほど故人が抱いていた「将来の夢」などを報道する傾向がある。
犠牲になった一人ひとりの生前の「思い」や「生き方」を伝えることで事件や事故の重大性を伝えていこうとする報道である。
ただし、京都アニメーションの事件で犠牲者の実名について報道することへの拒絶感が広がったように、(たとえば「報道では実名が原則」などと)従来の「報道の理屈」をいくら振りかざしてもなかなか視聴者や読者には理解されない現実がある。
告別式翌日のワイドショーでどのように報じられたのか
では、“プロポーズの手紙”はどのように報じられたのか。
4月23日に遭難事故が発生。28日に鈴木智也さんの遺体が発見される。漁港の駐車場にとめてあった車の後部座席から恋人への手紙が発見された。5月1日に通夜、2日に告別式が帯広市で営まれて、その様子もメディアに公開された。手紙は智也さんの写真や動画とともに遺族によって公開された。
多くのテレビ局は5月2日の夕方や夜のニュースで報道した。テレビはNHK、日本テレビ、テレビ朝日、TBS、フジテレビがこの手紙文から一部を引用するかたちで伝えた。
ただし民放各社が手紙文をまるまる引用したのに対し、NHKだけは全文を引用することはせず「ニュース7」や「ニュースウオッチ9」で「これからも一生一緒についてきてください」とやや短い引用にとどめたのが違う点だった。一方で、新聞は5月3日の朝刊でほぼ全紙がこの手紙の全文を掲載していた。
そうしたなかで、多くの視聴者が目を留めたのが告別式の翌日のワイドショーでの放送だった。なかでも5月3日フジテレビの「めざまし8」。手紙の文字と男性が恋人と写っている写真(女性の顔はボカシ)を見せながら、一文ずつ手紙を読み上げた。
読み上げたのはメインキャスターの永島優美アナウンサーである。永島アナは読んでいる途中から次第に声を詰まらせ、最後まで涙声で読み終えると、スタジオで涙を拭いながら「すみません……」と謝罪した。この報道の仕方には「違和感」を覚えたという視聴者が筆者の周囲でも多かった。