そもそも10代、20代と年齢を十進法で区切ること自体が、脳科学的にはナンセンスです。最大の「エイジズム」(年齢差別)といってもいい。人間の思考力・行動実行力・感情コントロールなど社会性を司る前頭葉が完成するのは20代と遅めです。人によっては30歳近いこともあります。

脳の完成はそれほどゆっくりで、早期教育に血眼になる必要はないわけです。緩やかに成熟していく脳は、その後も急速に劣化することはありません。現在、よほどの高齢者であったり認知症状が出たりするまでは、脳の記憶力や学習能力が著しく低下することはないと考えらえています。

脳細胞もいわば筋肉と同じ

にもかかわらず、「記憶力が低下した」「ものを覚えられない」を実感しているシニア層は少なくありません。それはどうして起こるのでしょう。

おそらくは能力より「意欲」の問題です。若い頃は大学受験や入社試験のため、否でも応でも学習しなくてはならなかった人も、入社してしまえば学習に打ち込む機会は減少します。ただでさえ電話番号もスケジュールも、スマホが人間の代わりに記憶してくれる時代です。成人して以降、人間が記憶を必要とする場面は、激減します。

脳細胞もいわば筋肉と同じで、年齢にかかわらず使わなくなったら、記憶力は弱まります。しかし、筋トレやランニングで再び筋肉がつくように、学力や記憶力も、その人の行動変容によっていかようにも伸ばすことは可能なのです。

年配者ほど記憶しやすい分野もあります。たとえば語学学習。コンピュータに英単語を記憶させる際は、それが100語だろうと1万語だろうと、記憶するスピードに差はありません。記憶のメカニズムに変化がないからです。

しかし人間の場合は、覚えるスピードは加速します。新しく英語を始めた10歳と、すでに英語知識がある60歳とでは、新しい単語を覚えるスピードは後者のほうがずっと速い。仮に単純な記憶力では10歳のほうが勝っていたとしても、そこには圧倒的な経験の差が横たわっているからです。

あなたが今60歳なら、流暢な英語が話せなくても、受験英語や、海外旅行で使った英会話など、ある程度の知識が備わっているはずです。それらを手掛かりに、新単語の意味の推測や派生語の連想も可能になります。長年の記憶や経験が土台となり、効率よく学んでいけるのはシニアならではの最大のメリットです。

それはコミュニケーション能力など、異なったジャンルでも発揮されます。たとえばパーティで新しい人に出会った場合、10代ならどう振る舞えばいいか右往左往しても、60代なら適切な会話や行動ができるはずです。それらはすべて長年の学習がなせる業。スタートラインで得していることを喜ぶべきなのです。