仮面浪人の過酷な日々

自分は少し変わった浪人生活を送った。

俗に「仮面浪人」と呼ばれる受験スタイルだ。本命の志望校とは別の大学に通いながら、受験勉強を続ける浪人生のことを言う。志望校に合格すれば、通っている大学を退学することになるので、在学している大学の友人たちにはそのことを話しづらい。

あたかも今の大学に満足している顔をしながら、隠れて勉強をするひとが多いから「仮面」という呼ばれ方をするのだろう。自分は現役で東京都内の私立大に合格したが、一度立てた目標が諦めきれず、もう一度受験をする決意をした。

第1志望は国立大で、当時、授業料も入学金も安かった。詳細な説明は省くが、さまざまな金銭的な計算と家庭の事情を鑑みると、通常の予備校生となるよりも大学に通いながら再受験して合格を目指したほうが、もろもろの面で負担が少ないという判断になった。

とはいえ再受験は完全なる自分のわがままだったから、受験に関わる諸費用はすべて自分で働いて払うと、よせばいいのに親にたんかを切った。

時給が良かった海老名サービスエリアの早朝バイトで働き、バイトが終わると大学の授業へ。授業が終わると代々木駅に向かい、バイト代で2コマ分だけ受講料を払うことができた予備校の講座を受ける。

電車で神奈川県の実家に帰り、復習を終えて眠ると2、3時間後には朝が来て、またバイトへ。その繰り返し。

水野良樹さん
いきものがかり・水野良樹さん

「本気になったら俺はできる」という思い込み

大人になった自分からすると、よく頑張ったねと声をかけてやりたい気分だが、当時の自分は真反対のことを考えていた。

なぜ自分はもっと全力を尽くせないのだろうか。

がむしゃらに頑張ってみたら分かってしまったのだ。

「本気になったら俺はできる」と子どもっぽく思っていたことは、とんだ思い違いだった。

本気になっても自分はたいして何もできない。そんな事実が喉もとに突きつけられた。理想の頑張りにはたどり着けない。情けなさにまみれた毎日。

しかし、自分はそのとき、初めて理解することができたかもしれない。

理想の投影ではない等身大の自分自身を。自分の背丈が分かっている人間ほど、背伸びもうまくなる。自分に対して過度な期待も落胆もしなくなる。やるべきことに素直に向き合える。

結果よりも過程が大切だったという言葉はその日々が過去になった人間が吐く、きれいごとだ。だが受験生よ。今君が、君自身を知れる旅の中にいることは確かだと思う。

どうかこの旅から、君の未来のために、君なりのきれいごとを勝ち取ってくれ。それが本当の勝利だと、僕は思う。