「山本長官であれば、どう判断されるだろうか。そう問いかけながら、これまで経営課題に取り組んできた」と語る金川千尋氏が経営者に必要な資質と山本五十六の魅力を語る。

経営者が必要な資質をすべて備えたリーダー

私の執務室には山本五十六長官本人が揮毫した、「遠州洋上作」と題した雄大な漢詩の掛け軸が飾られています。

信越化学工業 会長 金川千尋 かながわ・ちひろ●1926年、朝鮮・大邱市生まれ。50年、東京大学法学部卒業後、極東物産(現三井物産)入社。62年、信越化学工業入社。78年、塩化ビニル事業の子会社、米国シンテック社長に就任。90年、兼務で信越化学工業代表取締役社長に就任。2010年、代表取締役会長就任。その間、08年3月期決算で13期連続で最高益を更新。11年、シンテックの経営をまとめた論文により東京大学大学院工学系研究科より博士(学術)の学位を授与される。

「夜 艨艟に駕して遠州を過ぎ 満天の明月 思い悠々たり 何れの時にかよく 平生の志を遂げ 一躍雄飛せん 五大洲」(夜、軍艦に乗って遠州灘を通れば、空には明月が皓々と輝き、思いは広がる。いつか、日ごろの念願を果たし、世界へ雄飛したいものだ)。昭和16(1941)年12月8日の開戦の翌年春に書かれたものです。

山本長官は対米戦争に最後まで反対し、真珠湾攻撃の際も、戦争回避の日米交渉が成立したら攻撃隊発進後でも反転帰航するよう命じました。反論する機動部隊司令長官の南雲忠一中将以下、参謀に対し、「100年兵を養うは、ただ平和を護るためである」と諭したといいます。

詩にある「平生の志」とは平和の希求でしょうか。平和を取り戻し、世界へ雄飛する。開戦後の快進撃に全軍が沸き立つ中で、先を見すえていた構想力の大きさを改めて感じたものです。

私がその人間像に尊敬の念を抱くようになったのは作家阿川弘之氏の代表作『山本五十六』(新潮社 昭和40年刊)に出合ってからでした。日中戦争から太平洋戦争へと突き進む、その熱狂の中にあって、日本の現状を的確に把握していたことに強く惹かれました。

経営者には判断力、先見性、決断力、執行能力、そして、誠実さと温かさが必要ですが、山本長官はすべてを備えていました。特筆すべきは、先見性をともなった判断力です。日本がアメリカと戦っても勝ち目はない。しかし、当時は日本中が偏狭な“神国思想”に酔い、世界情勢を見極める眼を失っていました。それを危惧した山本長官は右翼から命を狙われても、開戦反対を唱え続けました。