もっとも、購入者が自分で検体を採取して行う検査である以上、鼻咽頭ではなく鼻腔ぬぐいとするのはやむを得ないところではある。鼻咽頭検体を取るためには、それなりに鼻の奥深くまで検体採取の棒を突っ込む必要があり、鼻血が出ることも珍しくない。血が固まりにくい薬を飲んでいたり、血が止まりにくい体質を持って暮らしている国民も一定数いることを考えれば、そのような手技を一般の国民に認めるわけにはいかない。

しかし、だからといって、医療機関内でさえ認められていないやり方で検査を「やったことにする」ことにどういう意味があるのだろうか。

病院ではあり得ない判断を薬局の薬剤師に課した

3点目として、医師法17条が定める「医師でない者の医業の禁止」との関連も問題になりうる。

事務連絡では「適正な使用を確保できないと認められる場合は、販売又は授与してはならない」としている。すなわち、薬剤師は、客の希望のままに検査キットを売るのではなく、「適正な使用」についての見極めを求められることとなる。

「適正な使用」が何を指すのかは必ずしも明らかではないが、事務連絡の文言を頼りに推測すれば、①無症状でも有症状でもない「体調が気になる場合のセルフチェック」という限定された用途(そんなのあるのか?)と、②被検者自身が自ら鼻腔検体を採取できる、という2点を指すものと考えられる。

このうち、①の検査の用途についての判断は、実質的にどの患者に検査を行うのかについての判断であり、医療機関内であればこれを薬剤師が独立して行うことはあり得ない。もしそれをすれば、直ちに医師法17条違反に問われることになるからだ。それとほぼ同様の行為を、薬局に勤める薬剤師であれば認めるということについての説明が困難である。

薬局の棚に並ぶ医薬品
写真=iStock.com/AlexanderFord
※写真はイメージです

新制度には手続き上の問題がある

もっとも、薬剤師が、購入者に対して種々の注意事項を伝えるとともに販売するかどうかを決定することになっているとはいえ、実際の場面で購入希望者の要求を拒絶することは考えにくい。

そもそも事務連絡は行政内部の意思疎通を図るための文書である。名宛人は都道府県の担当部局であり、現場の薬剤師を法的に拘束する効力はない。この事務連絡に示された内容に沿って各自治体が事業者たる薬局に対して行政指導を行うことはあり得るが、行政指導自体が任意の協力を前提にした非権力的行為である(行政手続法32条1項)。

それどころか、行政指導に従わないことを理由に何らかの行政処分(という法的強制力のある行政の行為)を行えば、そのこと自体が違法となる(同条2項)。任意の協力であってもきめ細かい行政指導は確かに重要であるが、本当の意味でそれが機能するためには、あくまで法令の指し示す内容に沿ったものであることが前提となる。

今回の薬局販売は、従来の「法的に禁じられていたこと」の基準を実質的に変更するものである。その基準変更を担った事務連絡には薬局販売に際しての注意事項がこまごまと書かれているが、これらには法的な拘束力がない。その状態で、本来であれば刑事罰にもつながる医師法17条違反の疑いがある行為を、立法手続きを省略して認めてよいのだろうか。