勉強することの意味を見失った

高校受験で、理数系に特化した高校に合格することができたAさんはこれから自分のやりたい勉強が自由にできると目を輝かせていた。ところが現実は考えていたものと違った。

「もっと科学に特化した授業や実験があるのかと思っていたのですが、想像していたものとは違いました。理系特化といってもカリキュラムは座学中心。高校受験で勉強に燃え尽きてしまったこともあって、座学中心の勉強をすることに抵抗感が出てきたんです」

入学して1カ月くらいたってAさんは宿題をやらなくなった。やがて午前中、学校を休むようになり、次第に授業についていけなくなった。1学期の途中から休みがちになり、夏休みが終わってからはまったく学校に行かなくなっていた。

「当時は自分の気持ちがうまく言語化できなかった。そして自分だけがこんな状態に陥っているような気持ちで、孤独感もありました」(Aさん)

母親は最初の頃こそ「学校に行ったほうがいいよ」と促したり「学校を休んで何をしたいの?」と聞いたりし、病院に連れていったこともあったが、途中からは見守っていた。Aさんの場合、家に引きこもっているわけではなく、図書館や本屋など昼間はあちこちに出かけてはいたからだ。

「きっと自分の道を探っているんだろうなと思ったんです」(母親)

学校外で得られることが大事だと思った

Aさんはまさに自分を探っていた。高校1年生の夏休み、つまり学校を休みがちになった頃からは、学生限定の格安のバスツアーを使って泊りがけで震災ボランティアに参加し始めた。

「東日本大震災が起こったとき、僕は北海道に住んでいて大きな影響を受けることはありませんでした。だから、横浜に引っ越して友達からそのときの様子を聞いて驚きました。『知らなかったで済ませていいのか』と自問自答するなかで、震災ボランティア募集の告知を見つけたんです」(Aさん)

訪ねたのは宮城県石巻や岩手県陸前高田。震災から4年半経っていたが、想像より復興が進んでいないことにショックを受けた。地元のお祭りの手伝いをしたり、仮設住宅に新聞を配って話し相手になったり。そうやって何度も被災地に足を運ぶなかで、同世代の高校生たちがつらい経験を抱えながらも自分の道を進もうとする姿を目にした。

そんな経験をするうちに、「まちに出ていろんな人と向き合うことのほうが、学校での勉強よりも大事だ」と思うようになっていく。そして、座学中心の高校にはますます足が向かなくなっていった。

ドラゴン桜「一発逆転」プロジェクト&東大カルペ・ディエム『ドラゴン桜「一発逆転」の育て方』(プレジデント社)
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そして冒頭のように、高校1年生の1月に留年が決まり、西日本にある公立高校に見学に行き、Aさんはその学校で新しいスタートを切ることになった。

親元から離れて新しい生活を始めようとする息子を両親はどのように見ていたのだろう。母親が言う。

「聞いたときは、そんな遠いところに行くの? と思いました。寂しいし、やっぱり心配ですよね。本人の気持ちを尊重したいけれど、素直に行ってらっしゃいとは言えなかった。でも、教頭先生や先生方と電話でお話しすると温かさが伝わってくる。『Aくんはしっかり考えて行動しているから大丈夫ですよ』と言ってくださったので、安心して預けようと思いました」