現実に企業収益から一応の公正価値(フェアバリュー)が算出できる株価と異なり、暗号資産価格の公正価値はその算出過程に確たるコンセンサスがあるわけではない。株式の配当や債券の利子のような定期的なインカムを生まないという点では「商品(コモディティ)」に近い資産クラスと言えるかもしれない。

実際、ビットコインは「デジタルゴールド」と呼ばれることがある。しかし、金や銀は工業的・宝飾的な利用価値があり、鉄や銅そして石油の利用価値については改めて説明する必要もない。

それらは公正価値を算出するのが難しくとも、十分な利用価値があると周知されている。「利用価値があれば、それに付随した公正価値も存在するはず」という発想には繋がる。実際、それらの貴金属・非貴金属・資源はそれがなければ実体経済の活動に支障が出るのだから、それに見合う対価は当然存在すると考えられる。

暗号資産は利用価値すら定かではない

しかし、暗号資産はつい最近まで存在しなかった代物である。もちろん、利用価値があるならば別だが、それも今のところ定かはない。敢えて言えば、既存の金融システムに比較して極めて低コストで国際送金が可能になることは指摘される。

ビットコイン
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フェイスブック社の暗号資産リブラ(現在はディエムに改名)が話題になった時は、そうした送金コストの低下に加え、「銀行口座を持てない層にもサービスを提供する金融包摂(フィナンシャルインクルージョン)としての社会的意義が大きい」という声もあった(※リブラへの批判的な議論に関しては2019年刊行の共著『リブラの正体』(日本経済新聞社)をお読み頂ければ幸いである)。

暗号資産を使えば、金融システムが脆弱な国々と取引する際、法定通貨よりも安定性を発揮できるとの主張もある。こうした国境をまたいだ資本移動が迅速かつ安価になるというメリットは暗号資産が法定通貨に対して持つ利点として頻繁に持ち出されるものだ。

そうした事情もあってなのか、筆者のように銀行や証券会社など、伝統的な金融機関に所属する立場から暗号資産に批判的な議論を展開するとポジショントークとの疑義を抱かれやすい風潮を感じる。

しかし、そもそも1カ月単位で価格が倍になったり半分になったりする資産が決済手段として使えるはずがないし、使いたいという気持ちにもならないし、現実に使われていない。

「通貨」と名乗るのは根本的に無理だ

足許で見られている暗号資産暴落の直接的な契機は5月21日、中国の規制当局が金融機関や決済企業が暗号資産関連の業務を行うことを禁止することを発表したからであったが、むしろ現実の危うさに規制が後から付いてきただけだろう(元々中国は暗号資産関連の規制はあって、今回はそれを強化した格好)。「リスクが社会に拡散するのを阻止する」という中国規制当局のコメントが全てを物語っている。