将来について、複数のシナリオを想定し、それに基づいて戦略を策定するのがシナリオプランニングの手法。テロ、エンロン・スキャンダル、10年ぶりの経済停滞……に同時に見舞われたアメリカビジネス界において、その有効性が問い直されている。
テロもエンロン事件も予測できなかったが……
シナリオプランニングの権威、ピーター・シュワーツが1999年に書いた『ロングブーム』のペーパーバック版が2000年秋に出版された。シュワーツと共著者は新版の序文でもバラ色の見通しを変えず、米国が40年続く景気拡大期の中間にあると書いた。
だがその後、米国の景気は10年ぶりに後退し、2001年9月11日のテロの恐怖が収まらないうちに炭素菌事件が発生した。またエンロン社のスキャンダルとそれに伴う衝撃によって、投資家は、企業の財務報告を疑いの目で見るようになった。さらに中東で緊張が高まるのに反応して、景気は後退を続けた。
シナリオ分析の第一人者と評されるシュワーツが、このような展開を先読みできなかったとすれば、シナリオプランニングは経営手法として効力を失ってしまったということだろうか。
否と、ウォートン・スクール(ペンシルベニア大学のビジネススクール)のマック技術革新研究所の主任研究員、ポール・J・H・シューメーカーは言う。シナリオプランニングの目的を正しく理解していれば、その価値が失われていないことがわかる、と言うシューメーカーをはじめ、多くの専門家がこれまで以上にシナリオプランニングが必要になるだろう、という意見だ。その理由は、少なくとも5つある。
〔1〕危機だけでなく、好機にも役立つ
シナリオプランニングは危機対策の代替案ではない。むしろシナリオプランニングは、ある特定の危機に対する準備とは対極に位置する手法だ。シナリオプランニングは長期戦略を策定する技法で、70年代に初めて盛んになった。端緒を開いたのはロイヤル・ダッチ・シェルで、同社はこの手法を採用することによって、OPEC主導によるオイルショックを競合他社よりも遥かに巧みに切り抜けることができた。シナリオプランニングの最大の特徴は、ある1つの予想図を描くだけでなく、企業に重大な利益もしくは不利益をもたらしうる様々な展開を想定できることにある。そして、それぞれに想定された未来に対して、組織が効果的に対応する方法を提供するのである。
経営コンサルタント会社ベイン・アンド・カンパニーのボストン支社長ダレル・リグビーは言う。
「我々を取り巻く環境は激しく変化している。企業が予想外の方向に向かっていることがわかった場合には、即座に方向転換できるよう、不測の事態に備えたシナリオを作成しておくべきだ。危機ばかりでなく、好機にも目を光らせるべきだ。例えば、競合他社の体力が弱っている、キャッシュが不足している、よって市場シェアを減らしているといった兆候を見逃してはいけない。